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いよいよ明後日で石巻市ともお別れです。 明日で丸1週間経ちますが、その被害の大きさには毎日驚かされるばかりです。 この日は石巻市を離れ、隣町の南三陸町まで足を運びました。 この町はあの女性公務員が最後まで町民を救うために津波と戦った場所です。 2階部分には船が乗っかっています。 この建物で女性職員は最後まで避難放送し続けたそうです。 同じ公務員として本当に尊敬できる方です。 鉄塔しかありませんが、これは防災センターの屋上です。 後ろの病院では5階にまで津波が届いているのわかります。 屋上でしがみついている方達は生きた心地がしなかった事でしょう。 一応この方達は全員無事だったそうです。 この南三陸町は今まで見た中で最も大きな被害だったかもしれません。
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ヤフーブログ、被災地からの声 からお邪魔いたしました。この防災センターから、避難を呼びかけた女性職員、りっぱでした、が残念なことでした。 後ろの病院の5階まで水が行ったんですね。 この防災センターは 津波災害の遺構として残しておかないといけませんね。 生きたかったのに生きることが出来なかった方々のことを思うと、今でも胸がいっぱいになります。
2011/8/5(金) 午後 9:18
あきぽんさん
訪問&コメントありがとうございます(^^)
この南三陸町は大きい町だったのでしょうが、何もかも流されていました。
テレビや写真では感じられない空気が現地には残っており、ただ驚かされるばかりでした。
一日も早い復興を心から願います。
2011/8/5(金) 午後 11:55
チリ地震のさいに被害が及んだ場所を示す看板が無惨に倒壊
していますが、何故その時の
教訓を活かう事が出来なかったのか理解に苦しみます
今回難を逃れることができた方々が
同じ所に生活を始めるのではと心配しています
喉元過ぎればなんとやでは同じことを繰り返すだけですからね
2011/8/6(土) 午前 6:39 [ chamu ]
チャムパパさん
訪問&コメントありがとうございます(^^)
今回の災害で2度目ですので、津波の被害を受けやすい土地だというのは現地の方々が一番よくわかっていると思います。
実際に現地を訪れた感想としては、今の時点では同じ場所では到底生活できそうにない状況だと感じました。
復帰に時間がかかりそうなだけに、復興後の行動は慎重にしていただきたいですよね。
2011/8/6(土) 午後 10:10
石巻を襲った、残酷な津波、言葉がありません。
最後まで、石巻市民の生命を守ろうと、
恐れずに津波放送を続けた、生命の重さ、命の大切さ、
どうか残された皆さん復興にその手を
日本人には、脳力ある国民です、その、
脳力使って、頑張って下さい。
応援しています。
2011/8/8(月) 午後 11:32 [ - ]
heizou_edoさん
はじめまして、訪問&コメントありがとうございます(^^)
震災から5ヶ月ほど経ちましたが、このブログでも暖かいコメントが多く、皆さんの高い関心が伺えます。
私もこうやって現地に行く事がなければ記憶が薄れてしまっていたかと思うと、今回は貴重な経験ができたと思っています。
2011/8/8(月) 午後 11:48