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中標津の町外れ、北海道開拓の風情を偲ばせる酪農地帯にたたずむ小さな「上武佐教会」。 こんな田舎の教会に日本最初の女性洋画家「山下りん」のイコン「12大祭の聖像」があります。 イコンとは、文字の読めない信者が理解できるようのために、聖書の内容、歴史的出来事、キリスト等聖人の姿、などを描いた絵のこと。 ヨーロッパの古い教会でよく見られるものですが、国や宗派によって図柄等がそれぞれです。 以前にTVで見て興味を持っていたのですが、やっと夢が叶いました。 訪問時は、ちょうど復活祭の前日だったようで準備のため女性陣は大賑わい。 無理を言って見学させていただいたのですが、放っておくのが気になったのか、教会を管理している村上さんが簡単に説明してくれました。 (あとで調べると村上さんは80歳を越えているようでとても元気な素敵な女性です。) (燭台の後ろの2枚が山下りんの作品) このイコンはもともと根室の西和田の教会等にあったもの。 北方領土の日本国籍のアイヌ人達の中には、ロシアの影響でキリスト教の洗礼を受けた者もいて、本部から毎年のように根室や西和田等の屯田兵の信者や北方領土のアイヌの信者のために宣教師が訪根し、かっては根室一帯はハリストス教会の一大勢力だったようです。 しかしながら、大正時代に鉄道が開通すると、作物が育たない不毛の地、根室(西和田)を捨て、標津などの内陸部へが移住する信者が多くなり、ここ武佐にも教会が誕生し、根室教会の衰退とともに山下リんのイコンも移されたようです。 このイコンの他にも、改築時に新たに6点のイコンが見つかりましたが、残念ながらそれらは確かに山下りんの描いたイコンでしたが、写真で直筆ではありませんでした。残念。 山下りんは明治時代、洋画を学ぶため、初めて海を渡った女性。 ロシア教会に派遣されたためイコンを学ぶことになりましたが、イタリア絵画のような自由な洋画を描きたい本心を捨てきれず、留学を途中で切り上げて帰国し、しばらくイコンを描かなかったといいます。 しかし、やがて自分の心に折り合いをつけた?山下りんは再びイコン画を描き始め、日本各地に建てられる新しいハリストス教会のために次々と精力的に描き続け、各地に現存するその数は約150枚。 本来、イコンは鑑賞するためでも、美しさを味わうためでもなく、人々の信仰のための書かれたものであるため、構図も決まっていて、遠近感がなく、平面的なものがほとんどですが、山下りんの描いたイコンは先に述べた事情のため、伝統的な構図に従いながらも、絵画的で柔らかな表情をしている人物描写がほとんどです。それとこっそりとりんのサインも見られます。 本当は署名が許されないイコンですから、これがなかったら彼女は歴史から忘れられたかもしれません。 宗教的にはだめかもしれませんが、この教会のイコンの中に、西洋絵画へのあこがれを秘めた山下りんがいつまでも静かに息づいているような気がします。 見終わった後は何とも荘厳な気持ちになりました。 うーん、見られて良かった。 ありがとうございました。 村上さん、いつまでもお元気で。 |
芸術
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久しぶりに興奮しました
イコン見たいな
見に行くぞ〜!
2009/5/11(月) 午後 8:30
こんにちは。ね、根室にもちゃんとブログネタありますよ。
2009/5/11(月) 午後 10:31 [ 北のかもしか ]
はじめまして。
こちらからは遠くて中々見に行く事の出来ない素敵な教会を見せていただきました。
絵描きとすれば署名を書けないのはきっと苦痛だったと思います。
きっとイコンを描くと決心しても心の奥底では葛藤があったのでしょうね。
2012/9/12(水) 午後 10:33 [ たくあん ]
たくあんさん、こんにちは。
日本で最初の女性洋画家ですから、今では考えられないいろいろなご苦労があったかと思います。
そんな山下りんのイコンがこの地に残っていて、眺めることができる幸せなひとときでした。
2012/9/12(水) 午後 11:08 [ 北のかもしか ]