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(ネタばれが少しありますのでご勘弁を) 有名な「ハチ公の物語」のアメリカ版リメイク。 日本版は昔、ビデオで見て、大泣きした経験があります。 最近、この映画のためDVD化され、久しぶりに見ましたが昔ほど感動はありませんでした。 さて、米国版はどうでしょうか? 時代は現代、物語は秋田犬が日本から米国の友人に送られるところから始まります。 途中、駅舎で籠が台車から落ち、犬が籠から飛び出してしまう。 籠に付いていた送付状は既に破れ、どこへ送るのさえ不明という状況。 でも秋田犬が入っていた籠はもろそうで、あんなもので海外へ送れるのかなあという感じ。 大学からの帰路、駅舎で偶然にウィルソン教授(リチャード・ギア)と出会います。 このウィルソン教授、さすがにすぐ飼う気にならず、駅員へ迷い犬を渡そうとします。 駅員も駅に置けないので受け取るわけにはいかず、持ち主が見つかるまで預かってくれと教授を逆に説得します。 このウィルソン教授は人が良さそうで、仕方なく家へ連れて行きます。 家へ連れて行くものの、教授の妻は、犬が嫌いなのか、飼ってた動物が亡くなってまだ間もないのかどちらかだと思います(そんな感じの台詞でした。)が、飼うことには猛反対します。 数日預かるだけだと言い訳し、何とか認めてもらうものの、結局、持ち主は名乗り出ず、自分で飼うことになります。 この辺の設定は、予想通りというかやっぱりという感じです。 日本の動物映画と少し違うと感じたのは、可愛らしさだけを描こうとはせずに、ウィルソン教授とハチを淡々と追い続け、台詞もハチとというより、教授と駅前の人々との日常会話中心。 カメラも、時折、ハチ目線となって、ハチの主人に対する気持ちを伝えてくれます。 ハチは朝は教授と一緒に駅まで出かけ、一人で戻ってきます。 逆に夕方、いつも同じ時間に帰っている教授を迎えに行きたくて、家を飛び出します。 最初は、穴を掘り、次には塀を乗り越え、鍵を開けたりと打つ手なし。 そのうち妻も諦め、行かせてくれるようになります。 駅員や駅前の人たちも毎日必ず現れるハチに感心し、暖かく見守ってくれるようになります。 教授が突然亡くなり、ハチが娘夫婦に引き取られて、遠く引っ越しても、家出して駅へ向います。 いったんは家に連れ戻されるものの、ハチの気持ちを察した娘は出口の扉を開け、ハチのしたいようにさせます。 放置されている貨車の下を住みかに駅に通い続けるハチ。 そんなハチに対し、エサの面倒を見るものの、あえて干渉せず好きにさせている駅前の人々の暖かい姿はいかにもアメリカ的なような気がしました。 月日が経ち、老犬となっていくハチはよぼよぼ歩きになっても駅に通います。 雪降るクリスマスの夜、いつものように駅で教授の帰りを待ち続けるハチは薄れゆく意識の中、教授に再開し、喜びに溢れ、久しぶりに大好きな教授にじゃれつく夢を見ながら、短い生涯を終えます。 ハチの主人に対する無心の愛と信頼が見る者の涙を誘います。 日本映画の「ハチ公」以上に秋田犬の心情を表現できているような気がしました。 無類の犬好きというリチャード・ギアもとても円熟した素晴らしい演技を見せてくれました。 彼のベストパフォーマンスかも・・・・・失礼! 何と言っても一番のベストパフォーマンスは、それぞれの年代を演じたハチ達。 演技賞を与えても良いとすら思える名演でした。 ラストでは老犬ではなく、成犬を演技指導して老犬を演じさせたという見事な演技ぶり。 そして、エンディングには、今も静かに主人を待ち続けている渋谷のハチ公の銅像が登場します。 この物語は事実なんだと改めて認識させられ、この映画への感動と悲しみがまた一層深く心に刻み込まれるようで、ラッセ・ハルストレム監督の心憎い演出でした。 この映画を見に行く方は、ハンドタオルか沢山のティッシュを忘れずに。
この原稿を作成していても涙が溢れてきます。 |

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このブログ読んでも涙ぐむわ
2009/9/5(土) 午前 8:50
根室大喜さん、ありがとうございます。
2009/9/5(土) 午前 9:48 [ 北のかもしか ]