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現地に来ても朝からの雨は止まず、しぶしぶ山歩きは中止。 友人から聞いた「北のアルプ美術館」へ立ち寄ってみました。 この美術館は「アルプ」という創文社から刊行された山の文芸誌を後世に伝えたいと地元の実業家が私費を投じて平成4年(1992)6月に開館されました。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 〜〜美術館のHPから「館名の由来」〜〜 昭和33年、山の文芸誌『アルプ』が創文社から創刊されました。 串田孫一氏が代表、編集長は大洞正典氏です。 尾崎喜八、畦地梅太郎、深田久弥、内田耕作、山口耀久、三宅修、大谷一良、岡部牧夫等が中心となり、25年間に約600名の執筆者によって《アルプ時代》が創られました。 多くの読者を得ておりましたが、昭和58年、惜しまれつつ300号で終刊となりました。 『アルプ』が語り残したものを次の世までも伝えたい-----この美術館の願いです。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−※『アルプ』・・・創刊号(1956年3月)〜終刊号300号(1983年2月) 館長の山崎さんは、ここ斜里町の書店で働いていたときに「アルプ」に出会い、 その後事務機器販売会社を設立した後も「アルプ」に魅せられ、 「アルプ」終巻後に「アルプ」の残した貴重な足跡や精神を何とか残したい一心で 代表の串田孫一氏に嘆願し、地域の文化振興のため私財を投じ、入館料も一切とらず、 ただ純粋にアルプの精神を引き継ぎ、新しい世代へ伝えたいという一途な思いが、 関係者の心を動かし、何とか開設にこぎ着くことができたようで、素晴らしいの一言。 美術館は斜里町の中心部から少し外れた住宅街の一画にひっそりと佇んでいました。 洋風な建物が白樺の木々に囲まれ、まるでドイツの郊外にでもいるような錯覚に陥ります。 館内に足を踏み入れ、玄関のすぐ先で住所・氏名を記帳して、すぐ2階へ昇ります。 階段や廊下にもいろいろな物が所狭しと展示されています。 2階は、階段から時計の逆回りに、造形、和、絵画、ガラス工芸、彫刻、アルプ1、2の各部屋に分けられ、文芸誌「アルプ」に関係する人たちの作品や貴重な資料とともに、アルプ全300号が収められています。 山の文芸誌「アルプ」。 終巻となる晩年が、私の学生時代と重なりますが、直接、手にとって見るのは初めてです。 山河の版画で描かれた表紙には見覚えがあって、昔、書店で見かけたことがあります。 静寂な室内で「アルプ」に目を通していると、たちまち時が過去へタイムスリップします。 執筆陣には、山を愛した沢山の有名人が名を連ねています。 北海道からは画家の坂本直行が投稿していたようです。 「アルプ」は、コース案内や記録はもちろん、広告も一切なく、執筆者の山や自然への思いを詩や随想で等綴っていて、現在とは全く異質な文化のような気がします。 サービスでいただいたちょっぴり薄いコーヒーもまた哀愁を誘います。 一番体力のあった大学時代は、兄弟から「山には絶対登るな!」と (山岳部等に入って、事故に遭うようなことは止めろという理由から。) 念を押されていたこともあり、ハイキング程度の経験しかありません。 それでも大会や遠征であちこち行って、いろいろな山々を見る度に興味を覚えたものでした。 「アルプ」に触れ、美術館の開設、その後の運営に尽力された方々のご苦労に触れ、 何となく安らかな気持ちになり、「北のアルプ美術館」を後にしました。 まだまだ山歩きひよっこの私ですが、山歩きの奥はまだまだ深いと実感しました。 また訪問させていただきます。 ありがとうございました。 |

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