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留萌に転勤した山ガールのSさんから「増毛山道どう?」と誘われ、申し込んで早3月。 前日に飲み会だった私はMさんの運転で増毛に向かいました。 二日酔いどころか、まだほわほわの酔っぱらい状態で爆睡していたら、7時少し前に現地に到着しました。 (Mさんありがとう!) 増毛山道は江戸時代末期に幕府の命により増毛・雄冬間に開削された山道です。 昭和20年頃まで使われ、その後、草木に埋もれていましたが、平成21年から2年余りをかけて関係者の努力によって、整備され、増毛(別苅)〜岩尾分岐〜岩尾入口間16kmが復元しました。 (岩尾分岐〜岩尾間は岩尾山道とも言われたようです。) 岩尾分岐〜雄冬間の残りは浜益御殿山頂を通るため維持管理の課題もあり、復元が難しいようです。 復元された増毛山道は、当時の電信柱、1等水準点、郵便物中継や宿場として利用された武好駅逓跡地等の歴史遺産が今も残っています。 この貴重な増毛山道の歴史等を知ってもらうためにNPO法人増毛山道の会が毎年「増毛山道体験トレッキング」を開催しており、今回16キロのフルコースに参加しました。 標識の裏側に由来がありました。 別刈からマイクロバスで岩尾へ移動しました。 バスを降りて少し歩きます。 出発地点で主催者側からコースの概要説明とメンバー紹介がありました。 この日は参加者20名と主催者・振興局の7名の総勢27名が歩きました。 あと会の数名がバックアップメンバーでした。 すぐ橋を渡ります。 かって地元の人が畑として利用し、現在はすっかりと森となった道を進みます。 一時間ほど歩くと道有林となり、ここからは許可がないと歩けないようです。 160m毎に番号標識がつけられていて、岩尾側からは「I」、別刈側は「B」が頭についています。 ここはちょうど10番でした。 里に近い電柱は山道が放棄された時点で地元の人に利用され、根本部分とせとものの碍子(がいし)しか残っていませんでした。 橋が架けられていた地点には石積の跡が残っていました。 道はしっかりとしていました。 ここに橋が何度もかけられたようですがすぐ流されるようで、今は何もありません。 元々生活道路なので急坂はありませんが、それでも時々坂道がありました。 高い地点に上がると木々の隙間から日本海が見えました。 毎年、山道の会が笹刈りしてくれる関係で道はとても歩きやすいです。 こんな橋もありました。 里から離れた地点にはしっかりと電柱と電線が残っていました。 さらに進みます。 ところどころ交差する林道ではエスケープルートとして利用できるようで車が待機していました。 (「その2」へ続きます。) |
増毛・樺戸の山
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