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ある雑誌で偶然に国道230号の旧道である東本願寺道路跡の記事が載っていて、簾舞中学校の裏山というか背後の丘陵は二星岱(にせいたい)と呼ばれていることを知り、お正月に歩いてみました。 二星岱の地名はアイヌ語の「ニセイオマップ」=「峡谷のある川」との意のようです。 現地に着いて、取り付き地点を探してうろうろしましたが、この時期は駐車スペースがなく、結局山裾の民家の前に駐車させてもらいました。(不在だったので了解を得ることはできず) 駐車地点から見た簾舞中学校、その裏に豊栄山と焼山(豊平山)が見えました。 こちらは二星岱(ニセイオマップ)です。 駐車地点からスノーシューでよじ登りました。 すぐに稜線に到着です。 電柱のようなものがありました。 ピークを目指します。 すぐにピークらしいところに到着です。 祠が見えました。 二星岱(ニセイオマップ)の山頂です。 沿革の碑がありました。 「沿革 当簾舞二星岱公園・三十三観世音菩薩は大正二年創設功労者並観音信仰者の発願により三十三番観音と地蔵尊を安置以後毎年六月二日、十月二日に例祭を厳修し爾来六十有余年の歳月を経地域発展に伴なう新国道の開通で現二星岱に一括安置されたが風雪崖け崩れ等で観音像破損著しきを見、黒岩卯三郎氏初め発起人五名が復元を発願、地域住民並信仰者の篤志を得て観音堂建立、観音十二像、奥之院聖観音一像を造像、昭和五十二年六月十二日完成遷座祭を盛大に厳修す 創設功労者 豊平湯殿山斉藤周嶺師、大松寺小坂了観師(他は略) 昭和五十二年六月十二日 簾舞二星岱公園・三十三観世音菩薩復元篤志功労者四百余名(芳名観音堂に記)」 祠です。碑によると観音像が祭られているようだけど、見えませんでした。 木々の隙間から豊栄山と焼山(豊平山)が見えました。 祠の左側にお地蔵があり、そこから参道があるようでした。 地図にある道と場所がずれていました(汗)。 祠の後ろを回り込むように参道があります。 急なところにはロープも設置されていました。 麓に下りてきました。 参道に入口に「簾舞二星岱公園三十三観音参拝者入口」という碑がありました。 岩岩な山です。 国道の歩道脇に「簾舞二星岱三十三観音参拝入口」という碑がありましたが、今まで全然気づきませんでした。 国道からは歩道を歩いて駐車地点に戻りました。 この日のGPSログです。 お疲れさまでした。 ○所要時間 2019/01/01(火) 往路〔0'12〕復路〔0'15〕
(内訳)往路:駐車地点(4)稜線(8)山頂 復路:山頂(9)国道(6)駐車地点 |
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