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北陸遠征の最終日も朝から雨でした(涙)。 一応、登山口近くまでいき、車内でうつらうつらしながら天気の回復を待ちましたが、全く止む気配もないので、諦めて富山駅前まで戻り、レンタカーを返却し、昼頃にはホテルへ。 結局、最後の二日間はちゃんとした山には行けなくて、ちょっと消化不良な感じで終了しました。 ちょっと残念かな。 ホテルの窓から見た富山駅近くの風景です。 夕方になって、ホテルに隣接しているビルの「炉端長屋一一」で一人夕食です。 開店してすぐの時間だったので私が最初でした。 まずは最初のビールです。 お通し。 白エビの天ぷら。 ホタルイカの沖漬け。 ぶりの煮付け。 富山の地酒が充実してました。 それほど飲めないので、ショットで、勝駒、苗加屋、羽根屋の三種だけいだだきました。 あゆの塩焼き。 地元産の●●ネギ焼き。 (名前わすれました・・・) 地元のものを美味しくいただき、すっかり酔ってホテルへ戻りました。 ごちそうさまでした。 そして、一週間ごくろうさまでした。 〔my評価〕総合16点(20点満点)
○味 ☆☆☆☆★ 4点 ○ボリューム ☆☆☆☆★ 4点 ○価格 ☆☆☆☆★ 4点 ○雰囲気 ☆☆☆☆★ 4点 (及第点は3点) |
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瑞龍寺の後、高岡大仏を見学しました。 この大仏は、約800年前に越中に入道した源の義勝が木造大仏を造営したのが始まりのようで、その後、火事や老朽化で何度か再建され、現在の大仏は、明治時代の1907年から26年かけて完成した新しいもののようです。 奈良、鎌倉と合わせて日本三大大仏といわれているようです。 (造られた時代が違うので諸説あるようですが・・・) また日本一の美男子らしい・・・・。 左右にはスリムで現代風?な仁王像がいました。 正面から大仏を。 手水も凝った造りです。 大仏の下も入れるようです(無料)。 内部です。 仏画が展示されていました。 お釈迦さまの顔。 内部を出ると鐘楼がありました。 時鐘のようです。 駐車場に戻る途中、道路脇から大仏を見上げます。 お疲れ様でした、 |
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富山に無事にたどり着いて、何もすることがないので高岡市にある瑞龍寺を見学しました。 瑞龍寺は、加賀前田家二代目当主前田利長の菩提寺で、江戸時代初期に三代目当主前田利常が建立。壮大な伽藍配置から富山県唯一の国宝に指定されています。 16時近かったですが見学客がまだいました。入園料は500円。 伽藍配置の説明。 総門は修復中で見られず(残念)。 山門(国宝)です。 山門入口の両側には彩色された金剛力士像が配置されています。 山門をくぐると仏殿(国宝)です。 右に大庫裏。 左に僧堂。 周囲を回廊で結んでいます。 仏殿内部です。 そして一番後ろ(奥)にメインの法堂(国宝)があります。 中国からの団体さんがいました。 法堂の内部。 天井の絵は狩野安信の四季の百花草が描かれているそうです。 四周を巡る回廊です。 法堂から山門です。 さらに奥には石廟もありました。 何と前田利長、利家の他、織田信長、信忠の分骨廟のようです。 法堂から仏殿。 法堂から大庫裏。 当時の鬼瓦です。 前田利長公の墓所もありましたが、見学せず。 お疲れ様でした。 |
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石川から富山へ入ると、すっかり晴れ渡り、良い天気でした。 道の駅メルヘンおやべで少し遅いランチです。 人気だという「生ソースカツ丼」(850円)を注文しました。 ご飯の上に、千切りキャベツと温玉子、そして生ソースがかけられたカツ。 カツは厚みがあり、とてもボリューミーでした。 お腹いっぱいになったところで、道の駅近くの「Jomonパーク」に立ち寄りました。 北陸地方に特有だという栗の木を使った環状木柱列。 建物だったのか、柱だけだったのか説が分かれているようです。 復元された高床住居。 内部にはわらの馬が住んでいました(汗)。 山の中腹には、櫓らしいものも。 そして展示室の内部を見学。 道の駅に縄文関係の博物館を併設するよう町に要望していましたが、多額の費用がかかると言うことで叶わなかったようです。 せっかく近くにあるのに残念。 展示室の女性スタッフから、奨められ少し離れたところにある若宮古墳を訪問しました。 北陸地方には古墳が沢山あり、ここ小矢部でもいくつかあるようです。 しかもこの若宮古墳は小さいながらも立派な前方後円憤です。 前側に回り込むと階段が付けられていました。 野生の柿がなっていました。 階段を上るとアスファルトに覆われていました。 この古墳は盗掘されずに多くの出土品が発掘されたそうなので、その痕跡でしょうか。 前方部分から小矢部市街地を望めました。 後円から下って駐車場へ戻ると、四阿のテーブルも前方後円の形をしていました(笑)。 一応、GPSログです。 お疲れさまでした。 |
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ショライ山を後にして雨の中、国道を富山方面に向けて走りました。 途中で小ぶりになったところで、道の駅・倶利伽羅源平の里に立ち寄ると火牛像がありました。 その昔、平安時代に越中と加賀の国境である倶利伽羅峠で源義仲率いる源軍と平維盛の平家軍が激突。 形勢不利だった源軍が奇襲で平家軍に襲いかかり勝利した際、角に松明をくくりつけ火牛が逃げる平家軍を峠の谷底に蹴散らしたという言い伝えがあるようです。 その舞台となった砺波山をみたいと向かいましたが、雨で断念。 さらに少し進むと、その峠のさきの北陸道沿いに偶然、龍ヶ峰(城ヶ峰)城跡公園を発見。 少し小ぶりになったので立ち寄って見ました。 駐車場には立派なトイレも設置されていました。 龍ヶ峰(城ヶ峰)城跡の案内図。 龍ヶ峰(城ヶ峰)城跡の説明です。 こちらは源平の戦いよりはるかに後に、一向宗や佐々成政がここに立てこもり、領主等と戦ったようです。 入口から出発。 階段を上ります。 上部にも階段が続きます。 途中で草地を進みます。 山頂に四阿(あずまや)が見えました。 最後の上りです。 山頂部に到着しました。 そして龍ヶ峰(城ヶ峰)の山頂にある四阿に到着。 ちょうどこの頃、再び?雨が強くなってきました(涙)。 展望がよいようですが、この日は雨雲で何も見えず。 晴れたらこんな感じになるようです。 四阿のさらにさきにも道がついていましたが、雨で諦めました。 小降りになるのを少し待っていましたが、さらに降りが強くなるばかりだったので諦めて、来た道をピストンで戻りました。 この北陸道沿いにはさらにいろいろな歴史的なものがありましたが、雨で見られず。 立ち寄るのを諦めて、再び富山方面に向かいました。 |




