北のかもしかの山歩き

週末は野山を一人でぶらぶらと!

留萌風物詩

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(「その3」から続きます。)
分岐からは林の中の急登が続きます。

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林を抜けると、時折、ガスが出てきました。

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朝日岳のピークに近づくにつれ、お花畑が現れました。

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上りが結構きつく感じます。

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少し緩やかになってホッと一安心です。

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振り返ると雪倉岳が遠くになり、白馬岳は遙か遠くです。

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ようやく山頂らしいものが見えました。

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お花畑を進みます。

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木道が現れました。

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木道を進んでいくと何とオスのライチョウが歩いていました。

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ライチョウの後を追うように山頂へ向かいます。

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ライチョウはゆっくりと歩き、時折、ハイマツの実を食べるくつろぎようです(汗)。

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山頂までもう少しです。

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ライチョウはようやく草むらへどけてくれました。

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蓮華温泉や栂海新道への分岐です。

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いつか歩いてみたい栂海新道。

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分岐から朝日岳はすぐ目の前でした。

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そして、いよいよ朝日岳に到着しました。

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三角点です。
ちゃんと撮れていなかった(涙)。

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方位盤です。

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(「その5」へ続きます。)
(「その1」から続きます。)
あと2kmの標識です。

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あと200mのところで舗装はお終いです。

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木々が生い茂り、今でも本当にクマがでそうな道路を進んでいくと「三毛別熊事件復元現地」でした。

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案内図です。

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解説です。

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現地碑です。
実際の事件はこれより数100mほどさきのようですが。

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ここに林道(六線沢)のゲートがあり、これ以上先へ行けないので仕方ありません。

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クマの像。どうしてこれがここにあるのか意味不明ですが、実物大という意味でしょうか?

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現地には大正時代の開拓期の様子が復元されています。

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開拓小屋です。

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クマに襲撃された小屋の内部が復元されています。

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そして、襲っているクマがこれです。
うわ!デカ!

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これが全景。
怖さは実感できますが、これだと鼻のさきからお尻まで、間違いなく4m近くあります。
実物大とは言いますが、デカすぎでしょう!

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帰り際、田んぼにエサ(カエルかな?)を狙うアオサギがいました。
あの時代にもこうして存在していたのでしょうか?

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人間がクマの住む地域に近づきすぎた教訓として、語り継がれていってほしいですね。
お疲れ様でした。
留萌管内苫前町では、まだ北海道開拓期の大正時代に、熊の獣害としては日本史上最悪と言われ、7名の死者と3名の重傷者出したかの有名な「三毛別熊事件」が起きました。
事件が起きて約100年が既に経過していますが、事件が風化しないよう、またあの事件を教訓として人間と野生動物が平和に共生できるよう町内のあちこちに、いろいろな慰霊碑等が設置されています。

国道を北上すると、まず目にするのが苫前町の役場前にある巨大な「とままえ・だ・ベアー」です。

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どうみても実物大とは思えない巨大さと、「だベアー」と語尾さえつけるとどこの町でもよさそうなネーミングにはちょっと閉口してしまいますが、これを見ると「事件があった町なんだ〜」とつい思い出してしまうインパクトは強烈なものがあります。

事件の詳細は「苫前町郷土資料館」で展示された資料から伺うことができます。
郷土資料館には、役場前から古代ロマンロードを通って行くことができます。

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古代というだけあって入口の両側にはハニワのモニュメントがあります。

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といっても、この苫前町で縄文時代のハニワが見つかったわけではなく、古代の化石や続縄文時代の遺跡が数多く発見されたことから命名されたと思われます(たぶん)。
この古代ロマンロードをまっすぐ進みます。

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突き当たりを左に折れるとすぐに郷土資料館です。
ちょっと怖いクマの看板があります。

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小さな町の郷土資料館はどこもそうですが、ここも多分に漏れず旧役場庁舎を活用しています。

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もしや入館料無料?と期待しましたが、しっかりと町外の大人料金@300円を徴収されました。

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中に入るとすぐに目に入るのが巨大熊「北海太郎」の剥製です。
体重500kg、身長2.5mという巨大クマです。
剥製になったので痩せていますが、実際にはもっと体格がよかったと思われます。

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事件を起こしたクマの大きさは、体重340kg、身長2.7mということですから、このクマよりもう少し身長があったようです。
ちなみにクマの身長は立った状態ではなく、四つん這いになって鼻の先からお尻の先までを計測するそうです。
館内にはクマに襲われた様子の再現模型もあり、その迫力の一端を感じることができます。

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事件を映画化した「熊嵐」の映像(約40分も希望すれば視聴することができます。
ちょっと画質もいまいちですが、事件当時の様子を知るにはよいでしょう。

実際の事件の現場は苫前町本町から古丹別という集落に向かい、古丹別からさらに約20km近く進んだ事件後無人となった山の奥です。
古丹別からさきは「ベアロ−ド」と命名され、あちこちにかわいいクマの親子の看板が設置されています。このかわいい看板からは事件の悲惨さは感じることはできません。

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5kmごとに標識も設置されています。

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途中にあった三渓神社。

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ここには事件当時の区長であった人の息子さんが事件に遭遇した村人を鎮魂するため建立した「熊害慰霊碑」があります。
ちなみのさきほど博物館で見た「北海太郎」はこの人の息子さん、つまりは区長のお孫さんに当たる人が仕留めたといわれています。
親子三代にわたって、この事件のことを悔やんでいたようです。

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ちょうど現地まであと5km地点が、事件のクマが仕留められた場所になるようです。

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橋は「射止橋」と命名され、標識も設置されています。

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橋の欄干にある名前です。

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流れる川は、ずばり「三毛別川」です。

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(「その2」へ続きます。)
北海道命名150周年の今年(2018)、式典には天皇陛下も来道されるという盛り上がりです。
その中でも命名者とされる松浦武四郎が特に注目され、北海道博物館では彼の展覧会も開催されています。

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松浦武四郎は江戸時代に6回も未開の地である蝦夷地調査を行い、アイヌの人たちと親しく交わり、助けられ、支えられたことから、明治になって、蝦夷地に変わる名称として「北」+「加伊」(カイ=この地に生まれた者=アイヌ)+「道」=「北加伊道」を提案したと言われています。

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その松浦武四郎は6回の調査のうち4回、この留萌の地に来たことが記録に残っていて、管内にも武四郎関連の記念碑等があちこちに設置されています。
そのうちの一つが空知の雨竜から増毛への山越えをした祈念碑。
雨竜から山道を歩き、信砂(のぶしゃ)川を下り、増毛の海岸へとやってきた記念碑が彦根橋のそばにひっそりとたたずんでいます。

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小さい標識杭なので、なかなか見つけられなかったです。

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二つ目は、ルルモッペ(現留萌)の運上所を訪問したこと記念した碑が留萌市の望洋公園に設置されています。

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そして三つ目は、道内最大のにしん番屋「旧花田家番屋」の前に海側に武四郎の像があります。

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その昔、ここから増毛の山々を望んだのでしょうか?

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四つ目は天塩の河口近くにある鏡沼海浜公園にある武四郎の像

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天塩は、武四郎の天塩川探査の起点となりました。

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この地から利尻山を望んだのでしょうか?

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また、「加伊=カイ」はこの地のアイヌのと会話から知り得たとされています。

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道内のあちこに残る彼の足跡をたどるのも、歴史好きとしてのロマンを感じます。
以前ちょこっと紹介した「海のふるさと館」。
あのときはGW前で閉館中でしたので、改めて訪問してみました。

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館内です。

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留萌のマスコット「KAZUMOちゃん」です。

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館内はちょっとした資料館となっており、無料で見学できます。

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留萌が生んだ映画音楽の巨匠「佐藤勝」氏の資料が展示されています。

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日本アカデミー賞を何度も受賞し、黒沢作品から幸せの黄色いリボンなど数々の名作の音楽を作曲していました。日本の映画音楽のことをあまり興味を持ったことはありませんが、凄いです。

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その他、留萌が三大波濤の地であることの説明。

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そして今回の一番のお目当ては、松浦武四郎に関する資料です。

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がしかし、蝦夷地を踏波した地図のみでした。

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ちょっとガッカリかな・・・・。

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気を取り直して、「海のふるさと館」の下にある「黄金岬」へ。

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ここにも「佐藤勝」氏の碑がありました。

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黄金岬です。
きれいな夕日の写真を見たことがあるので「夕日が光り輝いてまるで黄金のよう」かと思っていましたが、ちょっと違って「夕日に映しだされた群来(くき=ニシンの群れ)がきらきら輝いて黄金色に見えた」のが由来のようです。

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モニュメントです。

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海側には溶岩が冷えた痕跡である「かんらん岩の柱状節理」が露出しています。

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橋もありました。

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橋を渡って「海のふるさと館」を振り返ります。

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海では子どもたちが磯ガニ採りに夢中になっていました。
えさ等は有料で貸してもらえるようです。

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増毛の山並みも見えました。

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今度は夕日をお見せしたいですが、きれいに撮れるかな?(自信なし・・・)
お疲れ様でした。

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