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飲み会のときに若者たちと話をしていたらスターウォーズの話となり、留萌にダースベイダ−がいることを聞き、帰り際に立ち寄ってきました。 繁華街(飲み屋街)のちょっとはずれJ-Voxというビルのショーウィンドーにいました。 おー!凄い! ほぼ等身大です。 なぜにダースベーダ−なのでしょう? ビルには数件お店がありましたが、SWに関係のあるお店はないし不思議です。 どうせなら、ストームトルーパーやヨーダもいてほしいのですが・・・ |
留萌風物詩
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前に飲みに行ったときに繁華街の真ん中?に不思議な空間を見つけたので、仕事帰りに探検してみました。 その名も「有楽トンネル」。 右上に窓のようなものがあり、二つの建物をつなげているようですが、トンネルの上には何もないようです。 生まれたのは昭和34年5月15日のようです。 何と私より少し年上でした・・・・。 中に入ると昼間だと真っ暗ですが、約20mほどの長さの空間となっています。 少し進むと「スナックヨーコ」という看板が浮かび上がりました。 見た瞬間に「港のヨーコ〜♫ ヨコハマ〜♪ ヨコスカ〜♫」と音楽が頭を駆け巡りました(汗) 裏側から見ると「和風スナックヨーコ」でした。 後で調べると、高倉健主演の「駅 station」の中でこのトンネルが使われたような。 (今度、DVDを借りて見てみます!) トンネルを裏側から見てみます。 完全に通り抜けました。 出てすぐ左側の建物にも不思議な空間がありました。 建物の真ん中の通路です。 2階は住居になっているようですが、通路の上にはレトロなつくりの鴨居と屋根があります。 いったん外へ出てさきほどの建物の正面?右側から。 今度は正面左側から。 建物の真ん中屋根部分です。 今は窓?には何もありませんが、もしかしたらできた頃はガラスか何かあったのかも。 留萌の街中の不思議な空間でした。 |
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とある週末、北海道の命名者「松浦武四郎」の記念碑があるというので留萌港へ行ってみると小さな神社がありました。 鳥居の横には標識があるものの文字が消えかかっていて「○○○神(社)」では識別不能 道路側には小さめのコンクリートブイが塀(柵?)のように置かれていました。 こんな使用方法はあまり見ないですね。珍しいかも(笑)。 立派な祠(本殿?)です。 どうやらさきほどの標識は「留萌湊神社」と記されていたようです。 どうしてこんな小さな神社があるのか不思議だったので、後でネットで調べてみると、かって留萌港発展の父である「五十嵐奥太郎」氏の邸宅があった場所のようで、五十嵐神社と呼ばれていたようですが老朽化し、復元された際に「留萌湊神社」となったようです(間違っていたらすみません。) その隣には「留萌市開基100年記念タイムカプセル記念碑」がありました。 そう言えば、一時期タイムカプセルが流行しましたね。 私も釧路の母校の小学校で埋めましたが、どうなったかな? 校舎も建て替えられて位置が変わっているので、もう見つけられないかもしれません(涙) このタイムカプセルはS52年(1977)に埋められ、開封は開基200年(2077)のようです。 あと約60年後かぁ〜、私は間違いなく生きてないですね(笑)。 神社のすぐ隣は真っ赤な灯台で遠くからでも目立つ望洋公園があります。 お目当ての「松浦武四郎踏査の地記念碑」がありました。 裏の説明です。留萌管内は武四郎もいろいろ歩いていて、あちこちに像や碑があります。 またそれは別の機会にじっくりと訪問したいです。 そして、その隣に鮮やかな赤の灯台です。 留萌港の最初の灯台として、S6年に点灯し、H9年にその役目を終え、H10年にこの地へ移設されたようです。 「千紫萬紅」と刻まれていますが、どういう意味かな? 赤灯台由来碑も設置されています。 移設された際にダウンサイジングされたようで高さが8.3mから4.9mと約2/3ほどになったようです。 上部は網に覆われていましたが、おそらくカモメ等の鳥害対策でしょう。 公園は少し高台にあるので留萌港を見渡せます。 海上保安庁の巡視艇も停泊してました。 海方向です。 こじんまりとした留萌湊神社の後ろです。 ここまでアパートから約20分ほどなので、ちょうどよい運動になりました。 お疲れ様でした。 |
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留萌港のふ頭に珍しい灯台があると人づてに聞いて、見に行きました。 灯台というとシンプルなコンクリート製がほとんどですが、珍しく素材がブロンズ製でしかも女性像。 「海・波・風・夕日・港」から躍動する留萌をイメージし、そして安全な航海を願う女神像とのこと。 手に持つたいまつならぬ光の玉は5km先まで照らすという。 今度、夜に見てみたいものです 対岸のコンビナートが見えました。 ちょうどこの日、大型タンカーが入港してました。 この日は風が少しあるものの穏やかな海でした。 だがしかし、一度荒れ出すと留萌沿岸部は「世界三大波濤」の一つだというくらいもの凄いらしい。 ちなみにあと二つは、インドのマドラス、スコットランドのウィックという(らしい・・・) その証拠というわけではありませんが、デザイン灯台近くに今年の冬2月に荒波に屈し、海に倒れてしまった灯台が引き揚げられていました。 こちらは上部かな。 根元と上部の2箇所で折れてしまったようです。 折れた上部も一緒にありました。 基部です。 古くなって金属疲労を起こしていたとはいえ、自然の威力は凄いです。 お疲れ様でした。 |
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先日、聖徳太子堂を散策しましたが、そのすぐ隣には留萌管内で最古の留萌神社があります。 引越して来たときにはまだ残雪がタップリとありました。 さすがに4月の末になるとすっかり消えてしまいました。 石段を進むと留萌川の対岸にあるカモイワ山を望めます。 石段を上って境内に入ると土俵がありました。 おお、懐かしいです。そういえば、私の小さい頃には神社のお祭りには必ずと言っていいほど「ちびっ子相撲大会」があって、勝つと文房具がもらえました。 小さい頃あまり健康でなかった私は勝てませんでしたが・・・。 境内には白い鳥居が二つあります。 海が近いので少しさびています・・・。 そして本殿の前にも鳥居が一つ。 狛犬がしっかりと本殿を守っています。 包丁塚もありました。 留萌神社です。 江戸時代の1786年に当時の留萌場所の支配人によって創られ、最初は留萌川の河口にあったようですが、風水害等により今の市役所裏に移設され、さらに大正14年に現在地に落ち着いたようです。 長きに渡り、留萌の発展や衰退を市民とともに歩んできた歴史ある神社です。 作法もしっかりと教えてくれます(笑)。 腰の具合があまりよくないので、しっかりと完治祈願をしました。 でも財布を持っておらず、お賽銭を入れなかったので効き目無いかも・・・。 神社の裏へ抜け、少し歩くとこんなところに市民球場がありました。 まだ雪が少し残っていますが、久しぶりに見ると結構広いですね。 お疲れ様でした。 |




