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以前に「ここに幸あり」で紹介したけれど、市役所前にもモニュメント等がてんこ盛り。 正面から左から順に紹介するとまずは「根室姉妹都市」の碑。 根室の姉妹都市を提携している内外の都市が三つ。 一つ目は北洋漁業との関係で、1975(S50)年12月にアメリカ合衆国アラスカ州シトカ市と。 二つ目は、1994(H6)年1月にロシア連邦サハリン州セベロクリリスク市。 三つ目は、北洋の開拓と合わせて、今日の根室市の発展に大きく貢献しているということで、1976(S51)年10月に富山県黒部市と姉妹都市を提携し、毎年スポーツの交流を行っているようです。 ちなみに1991(H3)年に日本の東西南北に位置する、長崎県小佐々町、鹿児島県佐多町、北海道稚内市と四極交流盟約を締結したようですが残念ながら碑はありません。 次は以前に紹介した「ここに幸あり」の碑。 これは説明省略。 その次は「輸送船ねむろ」の主錨 第二次大戦後、米国より供与されたLSTの代艦として建造された国産初のLSTの3番艦「ねむろ」。 (軍艦等には疎いので、LSTって何?って感じですが....) 「ねむろ」とは名がついているものの、青森県の大湊を母港とし、われら根室とは直接関係なし。 各種輸送任務と災害時の救援活動も行っていたようです。 平成17年5月に27年余の現役に終止符、退役したようです。 最後は、「北方四島シンボルモニュメント」 初め見たときには何だろうと思いましたが暖かくなって解りました。 どうやら花壇のようです。 S48に作られたようですが、詳細はわかりませんでした。 モニュメント等を説明したリーフレットがあればなあと思います。
お金をかけて作ったのですからその趣旨を尊重して大事にしていきたいものです。 |
根室風物詩
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最近、万歩計をつけてお昼休みに歩いています。 もちろん健康のためというよりはメタボ解消のため。 この歳になると体重が増加する一方なのが悲しいところ。 でもいろいろ発見があります。 週末は雨の日以外は根室にいないし、市内はスーパーで買い物か、飲むくらいだからほとんど知りませんでした。 歩くといろいろなものがあることに気が付きます。 その一つが市役所の隣にある「ときわ台公園」(根室) 根室では「明治公園」が根室十景に入っているし、歴史あるサイロがあることで有名です。 でも「ときわ台公園」には、少し大げさに言えば、根室の血と汗と涙がびっしり詰まっています。 それほど広くない園内にモニュメントがもう盛り沢山ですごいです。 この「ときわ台公園」、園内に入るとすぐ公園のいわれがわかります。 根室っこの水で「北の勝」の碓氷商店からT15に土地を寄贈され、かって公民館があった場所。 公民館が移転改築されたのを期に現在のような公園になったよう。 最初は良く読めないけど、まず何かの記念碑です。 次は「天皇行幸の碑」。 開基100周年記念の市民憲章。覚えなきゃ。 近代彫刻の三代巨匠の一人「アントワーヌ・ブールデル」作の「力」(噴水池の中央部分) 「ブールデル」はロダンと関係の深いフランスの彫刻家でベートーベンの像で有名です。 アルゼンチンの首都ブエノスアイレスには、建国の父であるアルヴェアル将軍を称える将軍の騎馬像がありますが、その像の台座の四隅にある、将軍の徳を「力」・「勝利」・「自由」・「雄弁」の四つに寓意化した勇者像の作者です。 日本で言えば、仏像を囲む四天王の像みたいなものでしょうか? その一人の「力」と表現した像がここ根室にあるのですが、なぜ???です。 いろいろ調べましたがわかりませんでした。 そして「ブールデル」の作品があることを称える息子の碑も。 碑でもありませんが立派なトイレもあります。 そして、池田良二が制作したラクスマン来航モニュメント「歴史の然」 1792年にラクスマンが根室港に入港し、約1年弱、弁天島に滞在しました。 日本とロシアとの交渉の歴史がラクスマンの根室来航から始まったことを記念して建立されたもの。 時計回りに配置されているモニュメントのトリを飾るのは「根室女工節」の碑。 北海道の民謡は「江差追分」や「ソーラン節」を除いて、多くは明治時代に本州から新たに入ってきたものばかりですが、明治末期から大正時代にかけ、蟹缶詰の業界が隆盛の頃、過酷な労働を強いられていた女工さんが口伝えで唄って、国後島で誕生したのが「根室女工節」のようです。 1 朝は早くから 起こされて 夜は遅くまで 夜業する 足がだるいやら 眠いやら アラ思えば工場が 嫌になる 2 缶詰工場に 来てみれば かけた茶碗に かけたおわん ハシのビコタコ 良いけれど アラ若芽に切り干し ナッパ汁 3 高い山から 沖みれば 白波わけて 旗たてて またも積み込んできた カニの山 アラ可愛い女工さん また残業 4 缶詰工場に 二度来る者は 親のない子か 継母育ち 親のない子は 泣き泣きかせぐ アラ監獄部屋より まだつらい 5 いくら夜業が 続いても主さん 乗っている 船ならば どうぞ大漁の なさるよう アラ私も工場で 共苦労 6 恋というもの 辛いもの 人に笑われ 指さされ お友達にも 気がねして アラそれでも添えるやら 添えぬやら 7 女工女工と 馬鹿にするな 今は女工を しておれど 家に帰れば お嬢さん アラその時見染めて ちょうだいな 8 女工女工と 軽蔑するな 女工の詰めたる 缶詰は 横浜検査に 合格し アラ女工さんの手柄は 外国までも 9 いやな工場も 今日限り 遅くて来月 半ばごろ 皆さん永々 お世話にさま アラいずれ お礼は着きしだい (根室女工節保存会) 噴水の後方、トラとウマのベンチが二つ。 とこんな感じで、「ときわ台公園」にはモニュメントがてんこ盛りです。 |
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昨年から行われている地元の信金「みらい大地信用金庫」の本店改築工事も竣工に向け急ピッチで進んでいます。 少し前に全体を覆っていたカバーも取り外されました。 今は道路沿いの工事囲いのみです。 先日散歩していたら何と工事囲いに昔の根室の絵が。 名付けて「根室今昔物語」開幕! まずは前身の根室信用金庫。S11築の店舗でしょうか? S33全面改築か、S40築の現店舗かな。 旧根室駅。これは大正時代の最初の駅舎でしょうか? 根室町公会堂。今のときわ公園にあったようです。 大和百貨店。どこでしょうか?昔、ポスフールの地に百貨店があったようですが。 白木屋、酒屋さんでしょうか? 村上佐市商店、これは絵から味噌、醤油のようです。 東館(朝日館)、劇場のようです。 根室劇場、映画館ですかね? 常盤座、これは寄席かな? 根室新聞社、今と同じ会社なんでしょうか?建物が大きいです。 和田屯田本部、畑作の不毛の根室では大変だったと推測します。 根室中学校、同じ中学でも旧制中学ですかね? 北斗小学校と花咲小学校、根室では伝統校です。 旧根室町役場、歯舞村と合併する前でしょうか? 根室県庁、三権時代の県庁でしょうか? 新店舗は今夏に竣工予定だそうです。 ○党に似て好きな名前ではないですが、根室では明るいニュースです。 |
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根室市内の中心部では、毎日、朝8時と午後3時の2回、懐かく、どこかで聞いたことのあるメロディが流れます。 (なぜ午前8時と午後3時かは不明。小学生の通学時間??) 職場の人が『「ここに幸あり」ですよ!』とヒッソリと教えてくれました。 (恥ずかしいことに知らなかった。) 「ここに幸あり」(高橋掬太郎作詞・飯田三郎作曲) ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 嵐も吹けば 雨も降る 女の道よ なぜ険(けわ)し 君をたよりに わたしは生きる ここに幸あり 青い空 誰にもいえぬ 爪のあと 心に受けた 恋の鳥 ないてのがれて さまよい行けば 夜の巷(ちまた)の 風哀(かな)し いのちの限り 呼びかける こだまのはてに 待つは誰 君に寄り添い 明るく仰ぐ ここに幸あり 白い雲 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ なぜ陽気でもない、どちらかと言えば寂しさを感じるこの歌なんだろうと思ってました。 この歌は、根室出身の高橋掬太郎(作詞)と飯田三郎(作曲)のゴールデンコンビ作だかららしい。 二人のことをいろいろ調べてみると、 【飯田三郎(いいだ・さぶろう 1923〜2003)】 根室生まれの作曲家。 戦後、高橋掬太郎とのコンビによる「ここに幸あり」に続き、次々とット曲を発表。 宗教音楽の作品も多くあるが、根室を愛し、根室のために多くの曲を残した。 市歌「根室市の歌」や根室漁民の歌「根室っ子」も飯田氏の作曲によるもの。 代表曲の交響組曲「北国讃歌」(1968)は、根室市の開基100年周年記念のための作られた。 根室市図書館2階に飯田三郎資料展示室がある。 亡くなったときは市内で追悼音楽会も開催されたよう。 【高橋掬太郎(たかはし・きくたろう 1901〜1970)】 根室の国後島生まれの作詞家。 初めは根室新聞社の記者だったようです。 「酒は涙か溜息か」(昭和6年)に発表後、歌謡曲の作詞家として活躍。 若手作詞家、作曲家の育成にも力を注ぎ、多くの作家を輩出したそうです。 三橋三智也に多くの詩を送ったようです。 どんな曲かはしりませんが、一本刀土俵入り、草笛の丘、古城、北海の終列車、石狩川悲歌、ああ大阪城などがあるようです。 簡単にはこんな感じです。 二人の功績を称え、その栄誉を永く後世に伝えるため、音楽記念碑が昭和60年8月に市役所前に建立されています。 音楽碑の真ん中には、ハマナスや、白鳥と流氷、根室市の花ユキワリコザクラ、七色の虹を配し、根室の四季を表現したステンドグラスがはめ込まれています。 散歩して初めて気が付きました。 市のHPには何も書いていないけど根室っこはみんな既にご存じなのでしょうか? |
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開花時は、2〜3分咲だった根室測候所の標本である「チシマザクラ」が満開となりました。 この桜は遠目で見れば、ほんのりピンク色です。 近くで見ると、意外にも真っ白に近い感じです。不思議ですね。 既に満開となった南向きの桜は、もう散り始めています。 標本桜のすぐ近くには蕗が日差しに気持ちよさそう。 こちら測候所近くの濃いピンクの桜も満開。 窪地になった土地にはもう一面に蕗が大きくなっています。 いよいよ夏山もスタートです。 |





