医籠 ちいむ めでぃかる ばすけっと

医龍のほうに先に復活されてしまいました。

当直日誌

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

引継ぎにて

大動脈解離:大動脈瘤の一型で大動脈中膜の変性等により中膜が内外2層に解離しその間(偽腔)に血腫を形成する。(=解離性大動脈瘤)

もう少しわかりやすくいうと、心臓から全身にむかって直接でている血液の全てが通っている血管である大動脈の壁が、内側と外側の2層に分かれてはがれだしてしまった状態。血管の内部は血液が高圧で流れているため、薄くなった血管は“破裂”しやすいため非常に危険。


ある日の日当直でのこと、朝病院につくと外来から電話があり
当直帯で外来にきた患者さんの引継ぎがあるとのこと。
腰痛で救急車をよんでやってきた患者さん、
本人は「もう大丈夫だから」とばかりいっている。


前日の当直のDr腹部のCTとっており、
曰く「腹部の大動脈太いように思いますけど
  特に問題ないですよね?

  痛みまだ少しあるみたいなんでよかったら整形入院でお願いします」

・・・よそうこの場のつっこみは、不毛だ。

「あとは引継ぎますのでお疲れ様です」

引き継いでカルテをよくみれば看護師さんご丁寧に血圧まで右左両方とってあって、
きっちり左右差有り。

後は(ちがうといいなあと思いながら)造影CTを追加して、
不本意ながら大動脈解離を診断(※)、
循環器の外科がない病院なので、受け入れ可能な施設を探してそのまま搬送。
うっかりそのまま整形に入院させていたら危険な状態だったのはいうまでもなく
医療事故になるとこでした。


※造影すると大動脈の中にはがれた血管壁がしきりみたいにでるので専門でなくてもわかる。

前日のDr、診断ができなかったのはまだ許せるところもあると思うんですね。
いいたいのは
「異常があると思うんだったら、
 やたら大丈夫だっていうんじゃねぇ!」
っていうこと。

このときは全く知らない相手だったから検査の追加とかバンバンやりましたけど、
もし知ってる人から「大丈夫」っていわれていたらやっていたかどうか・・・。


知らないこと知らないっていうのも、
異常だと思ったら専門じゃなくても自分の意見をいうのも
こういう“診断より判断”みたいな状況では必要なことだと思います。

やっぱりお盆は都内はどこにいっても人が少ないので
当直も暇でした。

(休み中は病気になるかどうかは別として、病人が減るんですね。
 熱中症の人とか多いはずなんだけど変だなぁ)

そんなこともあって、めずらしく熟睡していた朝の4時。
消防から依頼とのことで、看護師さんから内線

消防の人「○才の男性、首を自分で刃物で切って、
  心配停止状態なんですがお願いできますか?」

私(寝ぼけていて今聞いたことを頭の中で繰り返しながら)
 「・・・自分で、、首を切って、、心配停止で、、はあ・・・」

消防の人「もう手なんかも硬直始まっているようでしてですね、お願いできませんか」

私(ようやく何を言われているか理解)
 「あのぉ、私は内科なんですけども・・・」

消防の人「特にやることはありませんから・・・。駄目ですか?」
(この部分に関しては記憶があいまい)

私「さすがにそれはちょっと・・・」

念のため書いておくとこの病院ではちゃんと外科も当直しています。

なにを基準に病院探しているんだろう??
こんなので受け入れ先みつかったのかなぁ?

嵐の夜に

7/16の地震の前日の日曜は当直だったのですが
久々におだやかな心で病院に向かいました、

なぜならその日は台風だったからです。

台風のときはなにがいいかってそりゃもちろん
“救急病院に軽症なのに「念のため」「暇だから」きちゃう人達”が来ないからです。

逆に本当に重たい症状のひとは増えてしまうんですが(喘息とか)
そういう仕事は苦痛じゃないんです!あんまり
 

普通に当直をやっているとやってくるのは悲しいかな“〜きちゃう人達”のほうが圧倒的に多いので、
“台風の日”=“過ごしやすい日”(←しかも前日にわかる)になるわけです。

前日に○ートキャ○プ(応用編)までやって(体がなまるので)当直の日を迎えました。

大雨のなか病院に向かう車で、平穏な一日を確信してしていたのですが、、、

医局でテレビをみていたら天気予報から不吉な言葉が聞こえてきました
「・・・台風は関東の南の海上を抜け〜」

まあそれでも天気は今日中はよくはならないだろう

などと根拠なく思っていたのですが、関東の人はご存知の通り雨の勢いはどんどん弱まってきて、しまいには降ったりやんだりになってしまいました。

こうなったらもう駄目、ダメダメです。

午後の“救急”外来は体調の悪い人はより悪く、遠慮のない人はより遠慮なくみたいな空気に完全に飲み込まれてしまいました。

結局この日は入院が5人。

最大のダメージを受けたのが夜中に救急車でやってきた若い女性で、
症状は下痢と便に血がまざったとのこと。

「でも(出血は)少しなんですよ」と聞いてもいないうちから連呼。

「ぢゃあなんで救急車を呼ぼうと思ったんだい」とか
「痔で救急車呼んどったら何台あっても足りるわけないやろ」
などと考えても口にせず。
・・・怒っても絶対こっちが損するだけだこんな人。

教訓、天気予報はあてにならない、天気はあてにしない。

だれも寝てはならぬ?

8/13は当直に行ってきたのですが・・・
ぜんぜん寝られませんでした。

また24時間拘束だったんですがその間に
6〜7人くらい(5人から先は記憶があいまい)入院させることになって
外来もちょっと横になろうとした間に
もう次から次へと・・・

お盆なんだからこんなとこ来てないで故郷に帰りなよ
と心のなかでぼやきつつ外来をやっていましたが・・・

ほんっと〜に風邪だとおもってるんだったら
夜中に病院来ないでください、「空いてるだろう」とか思いつきで。。。

いろんな人のブログで
「夜中に病院にいったら、散々待たされた挙句に
 みるからに寝起きの医者がでてきた」

みたいなことが書いてあって、
コメントも非難がほとんどですけど・・・ですけど

夜中に人間が寝てるのはあたりまえです。
私は寝るのも仕事のうちだと思っています。


例外的にきちんとした当直医の交代制ができている病院もありますが
普通は医者は交代ナシで当直をやって
そのまま次の日は普段の仕事をこなします。

少なく見積もっても36時間は働きっぱなしで、
ただ起きているだけだったらいいですが、
正確な判断なんてしつづけることできると思います??


気合でなんとか?
そんな考え万人に押し付けないでもらいたいですな


(責任転嫁みたいでこういういいかたは好きではないのですが)
個人が風邪ひいて夜中に病院にいっても
ほとんど非難されることなんてないし、
つらいんだから当たり前だと思うのかもしれませんけど、
重病の人を間接的に危険な目に遭わせています。

開く トラックバック(1)

良心のイタんだはなし

“病院で死ぬ”=“闘病”というイメージがありますが
病気というより寿命がつきていっているとしかいいようがないこともあります。

年老いてもう自分が何者かもわからず、
意思を伝える言葉も失い、
ただベッドの上で年月を重ねていく人たちが確かに存在します。

本人がそれを苦痛と感じているかは解かりようがありませんが
体は残酷に朽ちていきます。

ベッドから動くことがなくなり不必要となった手足は肉が落ちてゆき、
肘や膝などの関節は折れたたまれ、
胎児のような格好になって、じょじょに固まっていきます。




これは数年前、某県の病院に派遣されていたときのこと。
 
 
普通医者は地方に派遣になった場合、
給料下がることはあんまりないんですが、
仕事がキツイわりに給料は安い(日曜当直3日分くらい)病院に
派遣になってしまったこともあって、
知り合いの先生から紹介された、同じ県の県庁所在地にある病院で
当直バイトをすることになりました。

いわゆる老人病院の寝当直というもので、
「主治医が休みの間に容態が落ち着かなくなったら
 そのつなぎ的なことをやる」

といったことを想像していたのですが、
その病院はかなり違っていました。

なんと集中治療室(自称)があるんです。

入院している(させている)患者さんたちは
まぎれもなくご老人で、寝たきりかそれに近いようなひとばかりです。
寝たきりが長期なってしまっているひとたちのほとんどは
冒頭にあるようなほとんど身動きもとれない状態になってしまっていて、
意思の疎通をはかることはもう不可能です。

ここの“集中治療室”では驚いたことに
こんな状態の人たちを人工呼吸機につないで
ひたすら延命治療を行っているんです。

24時間透析のできる機械なんかも置いてあって、
へたな一般病院よりも設備は充実している
まさに“集中治療室”です。

折れ曲がりベッドにつながれた手足はベッドに接しているところから
床ずれが広がって、みるからに痛そうですが
それを訴えることももうできません。
口はチューブで塞がれています。

・・・もうなにを治療したいんだかわかりません。

これは人権侵害なのでは?
といった当然の疑問はわきましたが、
かといってこのひとたちの呼吸機を片っ端から外してやる
なんてことは殺人になるのでできるわけがありません。


ところが・・・
 
 
奇跡が起きました。

ほとんど動けないはずの患者さんの一人が
自力で呼吸機の管を口から抜いたのです。

普通人工呼吸機を使うときは患者さんの苦痛が無いように
麻酔薬を持続的に使うのですが、
すくなくともこの人には使われていなかった
だからこそ起きた奇跡。
・・・ちょっと考えると酷いはなし。


幸い自力で弱いながらも呼吸はしていて、
延命を目的にさえしていなければ呼吸機は必要ない状態。

夜だったのですが家族が来院してくれたので、
あらためて人工呼吸機を使うかどうか意思を確認、
人工呼吸機は使わないで
(亡くなるにしても自然な経過で)
みていくと言う事で家族とのはなしは終わりました。


・・・というはずなのですがこれでは終わらなかったのです。

なんとこの後にいままで連絡のつかなかった主治医がやってきて
すぐまた人工呼吸機にこのひとをつないで
また帰っていったのだそうです。

私の価値観が偏っているのかもしれませんが

(ちなみに当時癌の治療に携わることが多く、
 ホスピスで終末期の患者さんを見ることが多かった)

このひとを人工呼吸機につなげる必要性っていったい?

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
ひで
ひで
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事