|
福井鉄道を撮影した当時のミニノートを開いて見ました。「このような動き方をしていた!!」。ほとんど覚えておりません。
昭和47〔1972〕年8月2日、手配済の北陸周遊券と現金31,572円を所持して帰省中の実家を出発。豊橋7:55発の新幹線「こだま」に乗車して米原下車。新幹線特急券は600円也。米原9:27発、急行「立山1号」に乗車するつもりが超満員のため乗車出来ず。止む無く、米原9:52発の普通列車に乗車して福井下車〔到着時刻は記録無し〕。福井駅の一時預かり40円。暑かったようで、麦わら帽子を580円で購入しておりました。セブンスター1箱100円の時代です。福井鉄道の車両を福井駅前で最初に撮影したのは12:25と記載。福井駅前から福井鉄道の路面区間を歩いて田原町へ。更に京福電気鉄道三国芦原線、新田塚駅北方の九頭竜川橋梁まで沿線を歩いて撮影。新田塚から京福電車に乗車して田原町下車60円也。田原町の銭湯“桃の湯”で入浴。入浴料40円+石鹸10円+シャンプー5円で計55円也。田原町から福鉄電車に乗車して福井駅前下車40円也。福井駅前に戻った時には夕立で土砂降りであったようです。福井駅で寿司・ビール・つまみを購入。計395円也。福井19:14発、急行「北陸」に乗車。列車内で眠るつもりでしたが、糸魚川まで乗車の間、30分程度しか眠れず。ボックスシートで向かい合ったのは、3人連れの太ったオバちゃん達であったようです。富山からは夏スキーヤーも乗り込み。稲妻随所でと記してありました。糸魚川へは15分遅れで到着。8月2日、出費総計2,520円也。糸魚川駅で下車したことは全く記憶ありません。
昭和47〔1972〕年8月3日、糸魚川駅の待合室で2:49まで寝てしまったようで、急行「北陸1号」に乗車し損じています。再び福井へ戻るため、糸魚川3:31発、急行「越前」に乗車。車内は超満員であったようです。何処で座席を確保したものか定かではありませんが、終着駅の福井到着後も暫くは車内で寝ていたようです。福井駅の一時預かり40円。朝定食170円。この日は福井鉄道の電車に乗車して鯖浦〔せいほ〕線の終点織田へ向いました。福井駅前−織田間の運賃220円也。織田にて五目中華170円+かき氷50円で計220円。70円で乾電池も購入していますが、「何のために?」。織田駅から鯖浦線の線路を西中田駅まで歩く。西中田19:11発の電車に乗車。水落駅で福武線の電車に乗り換え福井駅前戻り。西中田−福井間の運賃160円也。混雑した列車内で眠れなかったこともあり、この日は福井の旅館“桃屋”で1泊しております。宿泊代金1000円也。晩飯はチャーハン160円。8月3日、出費総計2,765円也。
写真1枚目、鯖浦線電車へ乗り換えるため水落駅で下車。運良くやって来たのが福武線を走るデキ2牽引の貨物列車でした。福井鉄道の貨物列車を撮影したカットは、この1枚のみと思います。写真右手は鯖浦線西中田行モハ12。鯖浦線を走るモハ12は、水落駅を写真奥に向って発車すると直ぐにグイッと右方向にカーブします。カーブ途中にポイントが存在し、写真のデキ2後方には3線の車両留置線が存在しました。水落駅は広い構内を有しておりました。No.431−4・昭和47〔1972〕年8月3日(9:26)撮影。
写真2枚目、息子のワゴン車に便乗して富山へ。JRの電車で豊橋へ戻る際、福井で途中下車。久々に福武線電車に乗車しております。越前武生行883号〔パンタ搭載側〕の運転室越しに撮影した水落駅。「ウソー!!。こんなシンプルな駅だった?」。1枚目写真を撮影〔40年が経過〕した当時の面影はありません。7DNo.111−391・平成24〔2012〕年6月6日(15:10)撮影。
写真3枚目、福武線水落駅〔旧3番線〕に入線。プラットホームの高さは低くなってしまいましたが、意外にもホーム上屋根は1枚目写真当時のままのようです。7DNo.111−392・平成24〔2012〕年6月6日(15:10)撮影。
写真4枚目、福武線水落駅で電車内から側窓越しに撮影。県営水落駅駐車場入口案内看板後方の湾曲した道路が鯖浦線廃線跡と思われます。3線の車両留置線は駐車場に様変わりしておりました。経営の苦しい福井鉄道は留置線跡地を県に売却してしまったようです。7DNo.111−393・平成24〔2012〕年6月6日(15:11)撮影。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



織田〜西田中間を歩かれたとはガンバリました。
途中にチョットした峠と大きな木があったりします。
それよりこの区間は運行本数が少ないので退屈
しませんでしたか?水落駅は往時の面影も
賑わいもありません。
常夜燈
2015/2/14(土) 午前 8:47 [ kat*r*gi8*uman* ]
常夜燈様。お久しぶりです。ありがとうございます。
織田発車シーン、峠付近、その他のカラー画像は、書庫「福井鉄道」で少々紹介済です。マウントを外してスキャンしたのですが、マウントの糊がフィルムに付着してしまい、レタッチ作業途中でメゲてしまいました。カビクリーニング液で付着した糊は落とせますので、再トライしようと思っているのですが、中々決起に至りません。白黒フィルムの方が楽かも…?。
撮影当時のことは何も思い出せません。途中で何度も炭酸飲料を購入していますので、暑い日であったと思います。取り込んだ未処理の画像を眺めますと、線路両側の草が伸び放題でしたね。
鯖浦線健在当時の水落駅は中堅駅といった印象だっただけに電車内から眺めた2枚目写真のシーンは驚きでした。
2015/2/14(土) 午後 5:29 [ hideki_kobyakawa ]
私のブログの今年一番の蝉丸の墓が、例の、めのとの木の南側です。私、廃線跡を歩いていたら、元鯖浦線の従業員さんに出合い、案内してくれました。蝉丸は、絶命する前に、その小さな峠を気に入り、あれが見える場所に葬ってくれという事で墓の位置がそこになったという話でした。
2016/2/29(月) 午後 8:11 [ まさくんの戯言 ]
> まさくんの戯言様。先生すいません。私は鉄道バカでして、歴史には疎いです。
蝉丸の墓は知りませんでした。検索して、おおよその位置は分かりましたが、旧鯖浦線のどの駅に近かったかまでは、特定出来ませんので、もう少々時間を下さい。それと、蝉丸の墓を記事にされたブログタイトルをご教示お願いします。
鯖浦線の峠越え辺りの区間は、既にブログで紹介してあります。
2016/3/1(火) 午後 0:53 [ hideki_kobyakawa ]
わざわざ、ご丁寧に、すみません。案内して頂いた人は、岩開か、上川去の人でした。駅のホームがあった所から、2軒東側の人でした。蝉丸の墓は、私の1月4日に写真だけ出てます。小早川さんのに比べると、くだらなすぎて、お話にならないブログで、恥ずかしいです。私、ネコパブの本で、何回も小早川さんの写真見る度に、凄い人が居るもんだと、何時も感心してました。ネットで知り合えて、幸せです。これからも、よろしくお願いします。
2016/3/1(火) 午後 1:46 [ まさくんの戯言 ]
> まさくんの戯言先生殿。1月4日更新の画像は拝見致しました。貴方のブログにコメントを書き込もうと思ったのですが、記事最後の数行が理解出来ませんでしたので、断念しました。
ネコ社には2度掲載して貰っただけです。トワイライトゾーン・マニュアルで1度。もう1度はRMライブラリーの花巻電鉄・上中下巻の表紙です。紹介されることのなかった蒲郡の専用線はトワイライトゾーン・マニュアルで世間にアピール出来ました。RMライブラリーの花巻電鉄下巻で、有耶無耶になっていた花巻電鉄の最後を記すことが叶ったのは良かったと思っています。
岩開か、上川去と言われても場所が分かりません。駅のホームが残っている場所を再検索して蝉丸の墓との位置関係を調べてみたいと思います。福井鉄道鯖浦線は、趣味誌でもあまり紹介されませんでしたので、頭痛いですね。
2016/3/1(火) 午後 4:05 [ hideki_kobyakawa ]
私のブログは、小早川さんのとは比較にならない、クダラナイぶろぐなんで、すみやかにスルーして頂いて結構ですよ(笑)蝉丸の墓は、織田に向かう方向で、佐々生を過ぎると線路は峠に向かって西に方向を変えますよね。確か、橋脚らしきものが残ってました。そこを西に行かず、東に700m位行った所かと、思います。
2016/3/1(火) 午後 11:14 [ まさくんの戯言 ]
> まさくんの戯言先生殿。福井鉄道鯖浦線のカラースライドは、当初、フィルムにマウントの糊が付着したまま取り込んでしまいました。糊を落として再スキャンしてみようとは思っています。
佐々生駅名が登場したことで、やや位置関係は分かり易くなりました。佐々生駅で撮影した電車は、1枚目写真のモハ12であったと思います。
2016/3/2(水) 午後 1:47 [ hideki_kobyakawa ]