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再び、41年の時間差を比較してみようと思います。一番町交差点付近は既に紹介済ですから、今回は一番町交差点より100m弱西へ寄った越前町交差点を紹介します。
富山市内線の西町−旅篭町−丸の内間の廃止は、昭和48〔1973〕年3月31日とありました。これで丸の内のデルタ線が消滅。それから37年近くが経過し、軌道が消えてしまった道路に再び環状線〔富山都心線〕用軌道が復活したのは、平成21〔2009〕年12月23日。距離は同じと思います。ルートは、丸の内―国際会議場前―大手モール―グランドプラザ前―西町〔富山都心線に電停無し〕と少々変更されました。新たなルートで富山都心線が敷設されたものと思い込んでおりました。更に時代を遡ると、新規建設線ルートに準ずる路線が、昔実在したようです。国際会議場前電停近く、寿司店“写楽”の旦那さんから聞いた「昔、店の前を電車が走っていた」という話は意外でした。
富山市内線のルート変更は、予想以上に目まぐるしいです。一部区間の廃線で路線は定着したものと思っておりましたが、近年に至り、軌道線ルートは、またまた変化を繰り返しております。消滅したデルタ線は、新たに富山駅前で復活。現在の富山駅前を眺めてみたいと思うのですが、出向けない宿命を背負ってしまいました。
写真1枚目、新設富山都心線の大手モール電停を発車したデ9002セントラム銀。越前町交差点を左折して西町へ向かいます。7DNo.109−507・平成24〔2012〕年6月4日(15:48)撮影。
写真2枚目、越前町交差点。写真右手は北陸銀行。千石町通〔SENGOKUMALL〕を隔てた向側建物は一番町公民館。更に隣に続く建物も昭和46年撮影当時と変わっておりません。7DNo.109−510・平成24〔2012〕年6月4日(15:50)撮影。
写真3枚目、44年前に越前町電停安全地帯から撮影した4系統デ7008後追いカット。白黒No.420−29(30AB)・昭和46〔1971〕年5月2日(13:47)撮影。
写真4枚目、3枚目写真撮影から41年が経過。軌道敷きの違い、お分かり頂けるものと思います。7DNo.109−515・平成24〔2012〕年6月4日(15:53)撮影。
写真5枚目、3枚目写真の4系統デ7008を越前町電停安全地帯から135mm望遠レンズで撮影。反対方面の電車乗場は一番町交差点付近に存在しましたが、こちらも越前町電停。西町交差点南西角に存在したのが大和〔ダイワ〕百貨店〔野村證券看板右手の高層ビル〕。白黒No.422−19(24)・昭和46〔1971〕年5月2日(13:47)撮影。
写真6枚目、5枚目写真撮影から41年が経過。大和百貨店は一番町交差点北東角に移ったようです。昔の大和百貨店はブルーのネットで覆われていました。山本仏具店は昔と変っていないと思われます。大手モール〜グランドプラザ前間の一番町交差点で信号待ちしている富山都心線車両はデ9003セントラム黒。越前町交差点の横断歩道中程から撮影。7DNo.109−531・平成24〔2012〕年6月4日(15:59)撮影。
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だいたいどこの写真かわかります。
富山の路面電車の歴史は複雑です。
今、いろいろ勉強をしているところです。
ライトレールの接続のほか、富山大学方面の延伸の話があるようです
。
2015/9/23(水) 午後 11:40
とも様。遅くなりました。今朝目覚めて、先程まで録画したニュース内容を確認しておりました。えちぜん鉄道の福井駅は高架化されるようです。暫しの間、建設中の北陸新幹線高架軌道にえちぜん鉄道車両を走らせて、その間にえちぜん鉄道の高架化工事が実施されるようです。新幹線高架軌道からスロープで下り、本来のえちぜん鉄道レールへ続く暫定的な光景は、是非、撮影してみたいですね。でも、出向ける状況ではありません。
地鉄富山市内線の大学前電停を昔撮影した写真には、架線はありませんが、更に先に続くレールが残っておりました。その後、レールは撤去されました。再びレールを復活させることになれば、地鉄富山市内線路線変遷の歴史は、より複雑になりますね。
次は西町、昔の平面交差を紹介したいと思っているのですが、画像後始末が侭なりません。
2015/9/24(木) 午前 10:30 [ hideki_kobyakawa ]