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標準レンズ装着の白黒用フィルムカメラで撮影する場合、主に使用するフィルムはASA100のネオパンSSでした。曇って暗い日にはネオパンSSSやトライ−Xを使用することもありました。ASA400のトライ−Xは粒子が少々粗いため、ミクロファインにハイドロキノン〔モノールだったかなー?〕を微量落とし込んでフィルム現像に挑戦する時期もありました。ミクロ変現像と勝手に命名。これが中々難しく、微粒子に仕上がるものの総体的には好結果が得られませんので最終的にはトライ−Xの現像はD−76使用が無難であるという結論に落ち着いております。トライ−Xで撮影し、ミクロ変現像した近鉄八王子線白黒フィルムは、プリントし辛いネガに仕上がってしまいました。暗室に篭って、焼付けに挑戦しましたが、結局はギブアップ。
同時撮影した近鉄八王子線カラースライドは退色してカビや汚れが発生。リタッチ作業も侭なりません。そこでミクロ変現像した八王子線白黒フィルムをスキャナーで取り込むことに…。デジタル化しレベル補正することで、何となく眺められる状態にはなったと思っております。
近鉄八王子線の撮影に出向いたのは、昭和46〔1971〕年8月18日の1度だけ。カラー、白黒双方をソコソコ取り込んだことで、当時の沿線風景が徐々に分かってまいりました。
日永を発車した伊勢八王子行電車は田畑の中をひたすら走行。かつての西日野駅の日永駅寄りからは、天白川堤防道路横を走行する区間に変わります。ナロー軌道は天白川堤防道路の河川側に敷設されておりました。西日野、室山の両駅は堤防道路側にささやかなプラットホームが存在するのみ。天白川堤防道路から外れて少々走行すると終点の伊勢八王子駅でした。途中駅で列車交換は不能。日永〜伊勢八王子間は1閉塞。終点、伊勢八王子駅も駅舎側にプラットホームが1面あるのみでした。トレーラーを牽引することもありましたので、機回し線は存在。伊勢八王子へ向かった電車は、日永駅へ折り返さない限り、次の電車は八王子線へは進入出来ない路線構造です。
写真1枚目、伊勢八王子を発車した四日市行モ231。白黒No.468−3(26)・以下全て、昭和46〔1971〕年8月18日撮影。13:42撮影。
写真2枚目、伊勢八王子到着間近モニ214+サ131伊勢八王子行後追いカット。2箇所存在した堤防道路横切る踏切には警報機は備えられておりませんでした。白黒No.468−6(23)・13:54撮影。
写真3枚目、1枚目写真撮影場所の対岸辺りから撮影。伊勢八王子到着間近モ231+サ162伊勢八王子行後追いカット。白黒No.468−12(17)・14:15撮影。
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車が通れる道の第4種踏切は今では珍しいかもしれませんね。
有人の手動踏切は、昔は所々ありましたが、今は見なくなりましたね。
ネットで調べたら富山地鉄にもあるというレポートがあり、探りを入れてみたいともいます。
2015/10/30(金) 午後 10:15
> とも様。画像に写る堤防道路は、三重交通バスも走っておりました。2枚目写真の踏切位置から現在は廃線跡をバスが進入して伊勢八王子駅跡がバス停になっているようです。
10月29日夕方、PC所持して息子がやって来ました。10月30日は、息子のPCでストリートビューを眺めておりました。福島交通軌道線の線路跡を辿っていたら半日が終わってしまいました。現地へ出向かなくても現状が良く分かります。廃線から45年経過していますので、当時の面影は全くといっていい程ありません。
近鉄八王子線の廃線跡を辿ってみたいと思っておりましたが、先にストリートビュー眺めておけば、現地調査も分かり易いと思いました。
2015/10/31(土) 午前 3:27 [ hideki_kobyakawa ]