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豊橋鉄道田口線廃線跡へ愛車セレナで進入しようとしてヘマした時の続編です。
辺りが暗くなり始めた頃、救援作業を断念した“櫻井モータース”さんは、「ランクル呼んで、それでも駄目な時はクレーン車を手配する」と話し、JAF愛知支部・豊橋事務所〔豊橋市つつじが丘1丁目8−16〕へ電話したようです。
“櫻井モータース”さんは2名で到着したのですが、年配の方は途中で姿を見なくなってしまいました。会社から誰かが迎えに来たのでしょうか?。その後、ひたすら待つこと1時間以上。
今度はJAFと表記されたバンタイプのロードサービスカーが到着。ワイヤーで路肩から牽き出して貰い、上ってしまったバッテリーを充電。やっとセレナは走行可能な状態になりました。
小笠原先生が倉庫から運んでくれた板の片付けを終え、先生にお礼を告げると、19:03、本来の目的を果たすべく暗い夜道を田峯へ向ます。なぎ倒してしまった電気柵は“無罪放免”という形になっています。元田峰駅跡“テレコテージしたら”、既に事務所は施錠されていますので、田峰観音目指しクネクネ山道を上ります。“オレンジ”さん宅は知りませんので、19:38、一度お邪魔した“かふん”さん宅前へセレナを留めました。バッテリーの状態が判断しかねますので、エンジンは掛けたまま…。“田口線冊子”60冊は“かふん”さん〔不在のため〕のお母さんに預かって貰うことにしました。手土産として購入したあられ2箱も一緒にお願いしました。
購入してしまったちくわ箱詰め、自宅へ持ち帰っても仕方ありませんので、次は毎度ながらの「元平松屋」さんを訪ねます。「元平松屋」さん宅20:00到着。今度はセレナエンジンを止めました。「元平松屋」さんにお邪魔すると「ヤレヤレ」。安堵します。途中で抜け出し金田屋さんへ関谷酒造の“蓬莱泉”を買いに出ました。当初は黒柳さん宅もお邪魔するつもりでいたのですが、JAFへ電話してくれた小笠原さん宅青年へちくわ箱詰めを渡してしまったため、今回、黒柳さん宅はパス。
「元平松屋」さん宅22:05出発。走り慣れた夜道を豊橋へ向かいます。豊橋競輪場前を通過し巻線さん宅に到着したのは23:20。以前、おかしくしてしまったパソコンを設定し直して貰ったのが巻線さんでした。お礼代わりに“蓬莱泉”2本を手渡しています。自宅へ戻ったのは、23:36でした。長い1日がやっと終わりました。これに懲りて、廃線跡へ車を進入させることは控えようと思っています。
写真1枚目、“櫻井モータース”さんのロードサービスカー57号車は、県道32号線上大草バス停付近に移動して豊橋からのロードサービスカー到着を待っていました。7DNo.20−166・以下全て、平成23〔2011〕年4月21日撮影。17:57撮影。
写真2枚目、ロードサービスカー57号車は、到着したJAFロードサービスカー51号車を現場へ案内します。写真左手、ガードレール横僅かなエリアのみが携帯電話使用可能な場所でした。7DNo.20−167・18:20撮影。
写真3枚目、2両のロードサービスカーのお世話になるとは……。写真左手がJAFのロードサービスカー、バンタイプ〔ランドクルーザー・プラド〕51号車。右は“櫻井モータース”さんのロードサービスカー、レッカータイプ57号車。小笠原先生の息子さんまでお出ましです。7DNo.20−171・18:24撮影。
写真4枚目、セレナの状況確認中のJAFスタッフ氏。7DNo.20−173・18:28撮影。
写真5枚目、岩の跡が残る場所から写真の位置まで、“櫻井モータース”さんが悪戦苦闘してセレナをワイヤーで引っ張ったのですが、同時に路肩側へも滑っております。結果、JAFのロードサービスカー51号車はセレナ横を摺り抜けることが出来ました。7DNo.20−176・18:31撮影。
写真6枚目、岩を噛んでしまったセレナのフックに51号車のワイヤーが接続されました。7DNo.20−177・18:32撮影。
写真7枚目、セレナ、路肩から引き出されます。7DNo.20−179・18:33撮影。
写真8枚目、電気柵の小笠原さんは、救援作業終盤まで事の成り行きを眺めておりました。7DNo.20−182・18:35撮影。
写真9枚目、JAFスタッフさんによるバッテリーの充電作業。「良く、ここまで上りましたね」と言われました。力不足のバネットコーチが上れたスロープをセレナが上れなかった理由は、後日、書き残しておこうと思います。7DNo.20−186・18:42撮影。
写真10枚目、自力でスロープを下るセレナ。セレナ運転不能となったのが13:30。ここに至るまでには5時間15分が経過しています。7DNo.20−187・18:45撮影。
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こんばんは、コメントを頂いた件の事故、それにしても大変だったんですね!
ここは私も何回か訪ねていますが、車で乗り入れる勇気は無かったです。
ただ、車の轍があって、第三峰トンネルの先でその轍は急に山の方へ向きを変えますので、地元のオート三輪だと思っていました。
四輪ではあんな急曲線では曲がれないと思います。
2016/11/24(木) 午後 7:59 [ 宇佐しじみ ]
> 宇佐しじみ様。毎度ながら遅くなってすいません。
平成15〔2003〕年2月2日、力の無い2輪ディーゼルワゴン車で、廃線跡横のスロープは難なく上ることは出来ました。トンネルを1つ抜けると左方向へ向かう狭いヘアピンカーブ手前にワゴン車を留め置きました。この後、発見したのが傘川橋梁橋台に固定された架線柱だったのです。ワゴン車のハンドルを何度も切り返して方向転換し、スロープを下っています。当時は、方向転換の方が大変でした。
この時の体験から田口線冊子には「廃線跡は林道として活用されている」と表記してあります。
JAFを呼んでしまい、小笠原さんの話を伺った結果、「冊子の表記、まずかった」と思っています。再調査にトライしたかったのですが、決起しないまま時間だけが経過してしまいました。
2016/11/25(金) 午後 0:08 [ hideki_kobyakawa ]