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昨今、年明け最初に撮影へ向かうのは豊橋市消防出初式会場。平成28〔2016〕年1月9日〔土〕、今年もスクーターで出動しました。出初式会場では、師匠殿にもお目に掛かっております。師匠殿曰く、「明日は岡崎市の消防出初式。自分は式典に出席しなければならないので、岡崎の出初式には行けない」。耳寄り情報をゲットしたことで、「岡崎市消防出初式会場へ出向いて、何とか“連結キャタピラ消防車両”を撮影したい」。結果、“レッドサラマンダー”の撮影が叶いました。師匠殿に感謝です。
岡崎に関する記憶を呼び起こしてみましょう。
貸切バスで名古屋へ社会見学に向かったのは、小学校5年生の時であったと思います。この時、はっきり覚えているのは、名鉄岡崎市内線の線路を横切った瞬間。電車を見ることはありませんでしたが、軌道を眺めたことだけは記憶から消えることはありません。
今年の豊橋市消防出初式会場へ出向いた帰り道、同級生彼−1君のお宅へお邪魔しました。会話途中で思い出したことは、「博覧会であったのか、昔、岡崎乙川の河川敷で戦車に乗ったことがある。あれは何時であった?」。彼−1君も同じ場所で戦車に乗車したそうで、戦車砲塔に乗ったと話します。私は主砲下の前部ピット〔狭くて熱かった〕に入って頭だけを外に出し前部を眺めていた記憶があります。凸凹河川敷を右回りで一回りしたような…。
昭和44〔1969〕年の19歳当時、下宿先が決まり学生生活は始まりましたが、授業を受けたのは4月の数日間のみでした。授業中、ヘルメットを被った学生が教室に入って来て授業は中断。結果、学生生活開店休業状態は10月頃まで続きました。この間、豊橋の自宅へ戻って岡崎までアルバイトへ通っておりました。同級生彼−2君が通っていたアルバイト先へ私も加わった形です。早朝に自宅を出発して豊橋駅からは名鉄特急に乗車。東岡崎で下車するとバスに乗り換えアルバイト先へ向かう。
平成28〔2016〕年1月10日〔日〕、岡崎乙川河川敷で消防出初式を眺めている時、携帯電話に不在着信。意外にも同級生彼−2君からでした。出初式終了後、彼−2君へ電話をすると、「貰い物の日本酒を届けようと思っている」と話します。「今、岡崎にいて、これから名鉄電車を少々撮影した後、豊橋へ戻るから帰りにお邪魔します」と答えておきました。
日を改めて彼−2君へ電話しました。彼も岡崎乙川の河川敷で戦車に乗ったそうです。そこで、岡崎市の歴史を調べることに。昭和37〔1962年〕6月17日、路面電車である名鉄岡崎市内線が全線廃止。昭和38〔1963年〕4月1日、「岡崎博−花と産業科学大博覧会」が開幕。――――乙川河川敷で戦車に乗ったのは、『「岡崎博」を目指した中学2年生時の遠足ではなかったのか?』という結論にしておきます。
中学校の遠足で覚えているのは、鳳来寺山へ登ったことだけです。鳳来寺駅前で貸切バスから降車したのでしょう。表参道を歩き、石段登って鳳来寺本堂を眺めた後に湯谷温泉へ下る。田口線に関しては何の記憶もありません。鳳来湖〔宇連ダム〕、くらがり渓谷も中学校の遠足で向かった場所と思います。鳳来湖畔には、豊橋鉄道市内線のモ500形単車廃車体がダルマさん状態で6両程置いてありました。写真など一切残っておりませんので、中学生時遠足の記憶はいたって曖昧です。
話を戻します。朝日新聞記事によりば、レッドサラマンダー(赤いサンショウウオ):正式名称は「全地形対応車」。全長8.7メートル、総重量12トン。最高速度は時速50キロ。搬送用の車両を含め、総額9765万円。10人乗りで、災害現場への人員、物資の輸送が役割。岡崎市への配備は、南海トラフ地震の発生が懸念▽日本のほぼ中心に位置する▽津波の心配がほとんどない▽高速道路のインターに近い、などの理由だったという。(2015−06−16 朝日新聞朝刊 名古屋・1地方)
写真1枚目、岡崎市出初式会場でパレードする赤バイ隊。その後方に“レッドサラマンダー”が続きます。7DNo.518−146・以下全て、平成28〔2016〕年1月10日撮影。10:51撮影。
写真2枚目、平成25〔2013〕年3月、総務省消防庁が岡崎市消防本部に配備した“レッドサラマンダー”は全国に1台しかない全地形対応の消防車両ということで、NHKのローカルニュースでも時々登場する車両です。7DNo.518−151・10:51撮影。
写真3枚目、アトラクションで走行する赤バイ。写真後方を走行する名鉄パノラマスーパーを意識して撮影したカット。7DNo.518−284・11:08撮影。
写真4枚目、“レッドサラマンダー”、アトラクションでの見せ場は、ひたすら走るのみ。7DNo.518−301・11:11撮影。
写真5枚目、“レッドサラマンダー”の方向転換は、ハンドル操作によるものと思うのですが、どの様にキャタピラ回転速度を変化させるものかは興味があります。予想以上に小回りが利くといった印象でした。7DNo.518−302・11:11撮影。
写真6枚目、乙川対岸〔写真右手後方〕で戦車に乗った時から53年が経過しました。7DNo.518−303・11:11撮影。
写真7枚目、目前を駆け抜けた“レッドサラマンダー”の後姿。7DNo.518−304・11:11撮影。
写真8枚目、再び方向転換して目前を駆け抜ける“レッドサラマンダー”。スピード、思った以上に早かったです。7DNo.518−354・11:18撮影。
写真9枚目、出初式終了後、午後1時頃まで“レッドサラマンダー”は乙川左岸河川敷に展示されました。消防団員募集のパンフレットとカイロを配っていた乙女達。「どの彼女から貰った?」。7DNo.519−136・12:44撮影。
写真10枚目、カラースライドをスキャンした画像1枚も載せておきます。河川敷に展示中の“レッドサラマンダー”。デジカメ画像を彼−2君に見せたところ、「雪上車のような消防車があるんだー」と話します。この車両が雪上車であれば、ここまでして撮影に出向くことはなかったと思います。No.????−2(2)・12:30頃撮影。
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