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カラースライドを詰め込んだ衣装缶を久々に開け、46年前に撮影したカラースライド2本を引っ張り出しました。退色しているのは当然で、どのコマにもカビが発生しております。乳剤面に発生したカビですから始末悪いこと。堀内カラーのフィルムクリーナーで乳剤面を何度も擦るのですが、しつこいカビは中々落とせません。結果、変色させてしまうことに…。
カビが少なかった画像の中から国鉄飯田線を撮影した2カットを紹介します。雑多な旧型国電が活躍していた時代です。改めて見返したものの、何処で撮影したものかが分かりません。昔は線路脇に立てば、何処ででも撮影可能であったと思います。現在は家屋が建て込んでしまったこともあり撮影場所を探すのに苦労します。「昔は良かった。車両も楽しかった」。
写真1枚目、国鉄飯田線牛久保−豊川間にて撮影。豊橋行4連640M。豊橋側先頭車両は画像を眺めた時、クモハ43と思いましたが、記録したノートにはクモハ53001と表記してありました。「クモハ53など存在した?」。線路脇に立ち、通過する列車を何も考えずに撮影しただけで、元々車両形式には疎かったです。No.188−21・昭和45〔1970〕年5月28日(9:46)撮影。
ウィキペディアの記述を拝借します。
国鉄モハ53形電車は、かつて日本国有鉄道(国鉄)が保有した直流用旧形電車である。1953年(昭和28年)6月1日に施行された車両形式称号規定改正に伴って、モハ43形の電動機(MT15/定格出力100kw)をMT30またはMT40(低格出力128kw)に交換した出力増強車(9両)を区別して新形式を付与したものである。
元となったモハ43形には、一般の42系に属し東京地区(横須賀線)で出力増強改造を受けたもの(モハ43形800番台〔初代〕)と、大阪地区で改造を受けた52系に属する急行用電車(第3次急電)の2種がある。詳細については、下記のリンク先を参照されたい。
● 53000−53006:国鉄42系電車3#電動機出力の増強・国鉄42系電車#モハ43形(800番台)をモハ53形に変更
● 53007−53008:国鉄52系電車
1959年(昭和34年)6月1日の車両形式称号規定改正では、運転台付きの制御電動車であることから、クモハ53形に改称された。また、1963年(昭和38年)には、横須賀線で使用されていた5両の車体中央部に扉を増設して、クモハ50形となっている。晩年には、鶴見事故で大破し、廃車となった1両を除く8両が飯田線に転属し、一部は1983年(昭和58年)まで使用された。
写真2枚目、1枚目写真の4連電車後部車両です。チョコレート色のクハ68100。クハ55改造車(半流形)だそうです。No.188−22・昭和45〔1970〕年5月28日(9:46)撮影。
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ストリートビューにて、34.813064, 137.387425
〒442-0818 愛知県豊川市中条町大道145−5付近の踏切だと思われます。
1枚目の写真には金像寺が写ってますね。
2016/10/1(土) 午後 8:58 [ 宇佐しじみ ]
> 宇佐しじみ様。ありがとうございます。
ストリートビューは鉄道版なのですか?。マピオン地図で金像寺周辺を確認してみました。この辺りも今では住宅が並んでいるようですね。機会があれば、もう一度、この場所を探してみたいです。
2016/10/1(土) 午後 9:20 [ hideki_kobyakawa ]