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北陸鉄道加南線、河南−山代間にて−その1
北陸鉄道
[ 心は加賀人 ]
2017/5/26(金) 午後 1:25
コメントへのレスをありがとうございます。
いやいや…解説だなんてそんな不遜な…。ワタシは加南線に詳しいわけでも、土地の者でもありません。ただ、懐かしくて思い入れ深いだけで、ナントカの一つ覚えですから、間違えている事もあると思いますし…。
こうして当時の様子を伝えていただけている事を、本当に嬉しく思っております。
大堰宮(「おおひのみや」または「おおのみや」と読むらしいです)鉄橋を歩いて渡られたのですか…。 ワタシは同じことを越後交通長岡線の廃線跡歩きでやろうとしましたが、とても怖くてできませんでした。
現在、大堰宮鉄橋は歩道として渡る事ができます。現役当時に歩いて渡られた時と同じ感覚が味わえるかと思いますし、歩道はそのまま山代駅方面へ続いていますから、この辺りに関しては、歩道を行く分には当時の雰囲気を思い出せるかと…。
…おっと、ついまた語ってしまいました、すみません。
北陸鉄道加南線、河南−山代間にて−その1
北陸鉄道
[ hideki_kobyakawa ]
2017/5/24(水) 午後 0:04
北陸鉄道加南線、河南−山代間にて−その1
北陸鉄道
[ hideki_kobyakawa ]
2017/5/24(水) 午前 11:43
> 心は加賀人様。遅くなりました。色々とご教示頂き、ありがとうございます。
少々調べてみようと思いはしましたが、ギブアップが本音です。現在の地図を眺めても元河南駅の場所が分かりませんでした。
撮影当時は、お構いなしで線路を歩いてしまいました。今回の撮影場所は線路を歩かなければ撮影出来ません。大堰宮鉄橋と命名されていたのですか。この鉄橋も歩いて渡ったと思います。
この頃、ローカル私鉄を撮影していて他のマニアに出会うこともありませんでした。農道に三脚を立てると、「測量に来たのか?」などと声を掛けられたこともありました。
『大堰宮鉄橋から河南寄りはまっすぐに遊歩道整備され』ですか。これでは、廃線跡が特定出来なくて当然ですね。遊歩道化されたということは、鉄橋は残っているということになりますね。
北陸鉄道加南線、河南−山代間にて−その1
北陸鉄道
[ 心は加賀人 ]
2017/5/23(火) 午後 9:51
北陸鉄道加南線、河南−山代間にて−その1
北陸鉄道
[ 心は加賀人 ]
2017/5/23(火) 午後 9:30
国鉄花輪線、龍ケ森駅へ
少々、国鉄〔JR〕
[ hideki_kobyakawa ]
2017/5/20(土) 午前 9:48
> tomtom様。スクーターで転倒し、肩甲骨を骨折してしまったことで、左手が使えませんでした。以来、3ヶ月近くが経過し、完治とは言えませんが、以前の状態に戻りつつあります。
3月25日には豊橋市民病院へ出向かなければなりません。返答を先送りにしていた検査入院の日が、3月25日には確定します。頭痛いですね。
非電化路線の花輪線大更駅に架線が張り巡らされていることは、画像を取り込んだ時点で何の違和感もありませんでした。ウィキペディアを確認していて、「言われてみれば、なるほど」と思った次第です。
昭和44年6月は、初めて周遊券を使用した東北撮影旅行でした。最初に降り立ったのが福島交通軌道線。翌日は花巻電鉄でした。この時撮影して見納めとなってしまった路線もままあります。松尾鉱業鉄道も、その1つでした。いつか出しますね。
国鉄花輪線、龍ケ森駅へ
少々、国鉄〔JR〕
[ tomtom ]
2017/5/20(土) 午前 2:24
山陽電気軌道、その2
山陽電気軌道
[ hideki_kobyakawa ]
2017/5/17(水) 午後 2:32
山陽電気軌道、その2
山陽電気軌道
昭和47年5月、豊橋鉄道市内線−その2
豊橋鉄道市内線
[ hideki_kobyakawa ]
2017/5/10(水) 午後 0:51



