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平成29〔2017〕年3月24日〔金〕、CBCテレビ“イッポウ”で、田口線冊子が紹介されるようです。平成18〔2006〕年12月吉日発行から既に11年目になります。酷使しているブルーレイレコーダー、故障することなく無難に番組を録画出来ると良いのですが…。
7DNo.20−156。
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こんにちは、ゲストさん
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平成29〔2017〕年3月24日〔金〕、CBCテレビ“イッポウ”で、田口線冊子が紹介されるようです。平成18〔2006〕年12月吉日発行から既に11年目になります。酷使しているブルーレイレコーダー、故障することなく無難に番組を録画出来ると良いのですが…。
7DNo.20−156。
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自宅から最も近い鉄道が、豊橋鉄道市内線です。これまでに撮影した画像がどれ程の枚数になるものかは想像も出来ません。
モ3100形が活躍する時代を撮影したカットが最も多いと思っております。見飽きた感のあるモ3100形の画像をスキャンしようという気持ちは中々起こりませんでした。思い切って、45年前、昭和47年5月撮影画像を取り込んでみました。車両云々と言うより、沿線風景が随分様変わりしていることに気付きました。「昔は、こんなだったんだー!?。覚えていない」。
撮影画像をブログに掲載しても写真の説明書きが侭なりません。19歳から43歳の間は東京での生活で、豊橋鉄道市内線を撮影するのは、実家に帰省した時だけ。東京生活時代、豊橋鉄道市内線に関することは知らないことが多いのを思い知った次第です。
モ3100形が活躍する時代を時折スキャンして、少しづつ紹介しながら昔を偲んでみたいと思います。
豊橋の市内電車全車両がワンマン運行を開始したのは、昭和46〔1971〕年8月28日とあります。昭和46〔1971〕年9月15日、3600形2両〔1両は3月15日廃車〕、3700形2両、3800形5両、3900形1両〔1両は3月15日廃車〕が廃車。この時、まだ柳生橋支線は健在でした。結果、ワンマンカーとして活躍していたのは、モ3100形9両と柳生橋支線用のモ3700形2両。ワンマン化改造で生き残ったモ3300形2両とモ3800形1両が、この頃の市内線全車両になると思います。クーラー搭載や3200形、3500形がデビューするのは後の話です。
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昭和45〔1970〕年3月21日の午前中は、国鉄広島機関区を訪ねております。許可を貰えば構内での撮影が可能な良き時代でありました。間近で眺めたC62蒸機のバカでかさに驚いたものです。取り込んだカラースライドには多量のカビが発生しており、レタッチ作業は遅々として進みません。発色も芳しくありませんが、カビが少なかったカットの中から通過列車の画像を掲載することにします。
山陽新幹線に関して、昭和47〔1972〕年3月15日、新大阪駅−岡山駅間が開業、昭和50〔1975〕年3月10日には岡山駅−博多駅間が開業することで、山陽新幹線は全線開業。
広島機関区を訪ねたのは、山陽新幹線開業以前の時期でした。京都市電を撮影した後は、夜行列車に乗車。結果的には寝過ごして宇野まで行ってしまいました。山陽本線へ戻ると駅のホームベンチで寝袋に包まって寝ようと試みたのですが、寒くて寝られたものではありませんでした。待合室に移動して寝たものと思います。それが、広島駅であったような……?。
写真1枚目、広島機関区が、広島駅に対して、どちらの方向に存在したかも覚えておりません。改めて地図を眺めると広島駅の東側になりますね。このカット、クモハ475−38他上り急行「玄海」です。当時の運転状況を確認しようとすると、予想以上に手間取ってしまいました。昭和43〔1968〕年10月〔ヨン・サン・トオ〕の大規模ダイヤ改正で、山陽本線の新設列車として誕生したのが「玄海」とありました。「はやとも」を改称した475系電車による急行列車で、運転区間は名古屋駅−博多駅間。急行「玄海」は名古屋駅でも撮影したことがあります。山陽新幹線岡山開業時に、運転区間は岡山駅−博多駅、熊本駅間と短縮され、山陽新幹線全線開業時には廃止となってしまいました。No.176−11・以下全て、昭和45〔1970〕年3月21日撮影。12:02撮影。
写真2枚目、EF66 3牽引下り貨物列車。写真左手後方で煙を上げているのはC62 23。EF66に関して、『1次車は、昭和43〔1968〕年から昭和44〔1669〕年までに20両(1−20号機)が製作された。2次車は、昭和48〔1973〕年から昭和49〔1974〕年までに35両(21−55号機)が製作された。1次車と比較して多くの変更点がある』と記されています。撮影当時、EF66形電機は20両が存在したのみということになります。『第12回(1969年)鉄道友の会ブルーリボン賞受賞。国鉄・私鉄の機関車でブルーリボン賞を受賞した車両は、平成29〔2017〕年現在、本形式のみである』とも記されています。No.176−12・12:12撮影。
写真3枚目、クハネ581−14他、上り特急「はと」。東海道新幹線の開業以前、東海道本線を走った「こだま」「つばめ」「はと」等の優等列車は撮影出来ませんでした。眺めた記憶も到って曖昧です。「はと」は豊橋駅に停車する特急でしたので、思いは別格です。山陽路とは言え、特急「はと」を撮影したのは、この1カットのみです。特急「つばめ」、名古屋駅で撮影していないかなー?。月光型電車もブルーリボン賞を受賞しています。
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新年早々、喉を腫らして豊橋市民病院に入院。腫れが治まったことで退院しましたが、以降はケチの連続で市民病院内をたらい回しされています。平成29〔2017〕年1月17日、耳鼻咽喉科先生の診察は終了となったのですが、血液検査の結果に?と思った耳鼻咽喉科先生から血液内科の先生を紹介されました。白血球の値が高過ぎるということは、入院中にも言われておりました。同日、血液内科先生の診察も受けております。高価でよりシビアーな血液検査が必要だそうです。平成29〔2017〕年2月7日、高度血液検査の結果に関して、血液内科の先生は「白血球の値が高い理由は分からない。貧血に関しては胃や腸から出血している可能性がある」だそうです。「血液内科の先生が分からないと言う白血球に関しては、どうすればイイ??」。今度は血液内科の先生から消化器内科の先生を紹介されることになりました。来週は胃カメラ飲んで、再来週は大腸にもカメラを挿入されることが確定。「1年も経たず、また消化器内科ですか。医療費の支払いで破滅します」。
昨年、PET−CT検査の結果、小腸の一部が赤く表示されてしまいました。平成28〔2016〕年4月は消化器内科先生〔女医さん〕による検査フルコースでした。胃カメラ、大腸カメラ、カプセル内視鏡、肛門からバリウムを注入されレントゲン撮影。大腸のポリープ1つを搾取した以外、癌の疑いはないでしょうというのが結論でした。「ポリープを取っているので、2年後にもう一度電話して下さい」と女医さんに言われておりました。その女医さんは移動してしまったそうです。昨年4月に支払った医療費だけで92,868円。その後の6月、肺摘出手術を受けることを決断。昨年3月以降12月までの間、支払った医療費は80万円を越えるのでは…。
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