|
今年の8月、久々に名古屋へ出向いて“あおなみ線”を撮影してきました。僅かの距離のため、ささしまライブ駅から名鉄名古屋駅までは歩いて帰ることにしました。考えてみると、この辺りを歩くのは名古屋市電健在当時以来です。古いカラースライドを取り出したところ、たまたま、当時の写真が見つかりましたので、これらの写真を添付してみます。当時のメモを開くと、市電25円・市バス30円・地下鉄30円・きしめん80円・ラーメン120円・市電25円と記録してあります。この日、名古屋の街では310円も使っています。
写真1枚目、笹島町電停から撮影した回送2003号。最後の新造車両、大きな方向幕には「回送車」と表示されています。No.406−34・昭和47〔1972〕2月29日(11:05)撮影。
写真2枚目、笹島町電停南方を走行する2000形2015号堀田行。写真後方、バスターミナルへのスロープが見渡せます。ちょっとしたビルの大きさにも匹敵する雪印の広告塔には、佐良直美さんの顔写真。“世界は二人のために”と“いいじゃないの幸せならば”、当時何気なく聞いていたヒット曲、今振り返ってみると、歌詞の内容は真反対です。No.406−35・昭和47〔1972〕年2月29日(11:20)撮影。
写真3枚目、名古屋駅前の渡り線で折り返す2017号。写真後方、大名古屋ビルヂングは今も健在です。PCCカー都電5501号同様、名古屋市電2000形もボディー全周スカートで覆われた、“どえりゃー”電車で「和製PCCカー」と呼ばれました。豊橋へやって来て欲しかった車両ですが、保守泣かせ車両のため、消える運命を辿っています。白黒No.583−(18)・昭和46〔1971〕年12月31日(11:35)撮影。
|