連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 西鉄福岡市内線は部分廃止を繰り返し、昭和54〔1979〕年2月10日限りで全線廃線となっています。軌間は1435mmを採用。循環線と東西貫線が交差していましたので、九州で平面交差が存在する路面電車線でもありました。鉄道線の大牟田線とも平面交差していました。
 鹿児島辺りで撮影を繰り返していたところ、台風が接近。日豊本線を利用して大分県へ退避。大分県を走行していた電車は、台風の接近に伴い運転停止。「ラッキー、これで車中泊」と思っていたものの、しばらくして運転は再開されました。結局は博多駅で下車。屋外は暴風雨。駅舎内の階段下を寝場所に決めましたが、蚊が多くて寝られたものではありませんでした。蚊も台風を避けるため、駅舎内に集まっていたようです。
 循環線から分岐していた吉塚線の写真を添付してみます。吉塚線は、昭和48〔1974〕年1月4日の運転を最後に廃線となっています。撮影は出来ませんでしたが、かつては国鉄吉塚駅側線から分岐して博多築港へ続く1067mm軌間の貨物線が存在し、吉塚線は3線軌条で運転されていました。千代町交差点は、3線軌条と標準軌が交わる珍しい交差点ということになります。3線軌条を横切って行く電車の走行音は独特のものであったと想像出来ます。築港線は、昭和36〔1961〕年2月11日休止、昭和38〔1963〕年9月1日廃止となっています。

 写真1枚目、吉塚駅前で折り返す503号。かつては写真奥にレールが延びていて、三角が終点であった時代もありましたが、この区間は戦時中の昭和19〔1944〕年に廃線となっています。撮影当時は気付きませんでしたが、改めて写真を眺めますと、3線軌条の面影が残っています。No.210−5・昭和45〔1970〕年8月15日(11:00)撮影。

 写真2枚目、妙見〜吉塚駅間を走行する595号。この辺りは、道路中央からやや外れた複線軌道区間でした。No.210−3・昭和45〔1970〕年8月15日(10:38)撮影。

 写真3枚目、ED76 1牽引“しろやま”。博多〜吉塚間にて。No.210−10・昭和45〔1970〕年8月15日(12:02)撮影。

全1ページ

[1]


.
hideki_kobyakawa
hideki_kobyakawa
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

Yahoo!からのお知らせ

友だち(18)
  • えちぜんがに
  • ジャンボフェニックス
  • 東三指令
  • いんぱるす209号
  • とりぬまぐみ
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事