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久々のペーパーモデル、何とか形になりました。一部パーツは市販品使用を考えて浜松の模型店まで出向きましたが、入手出来たのはケーディーカプラーのみ。他の目的品は全て在庫無しで徒労に終ってしまいました。結果、ジャンパー栓接続ホースまで自作するハメとなりました。
岐阜県関市に工房を構える“YAMA模型”。当初は存在すら知りませんでした。オーナーの東山〔とうやま〕氏が、豊橋鉄道田口線車両を製品化したいという話を小耳に挟みましたので、冊子に使用した3車両姿図コピーを“YAMA模型”に手渡す結果となりました。「製品化したいのであれば、お好きにどうぞ。勝手にやって下さい」
今年の2月7日、豊橋丸栄デパート8階催事場で開催された“路面電車の走る街・美味名産品特集”。会場で東山氏と2度目の面談。「今回の企画が好評ならば、8月にも丸栄デパートで、同様の企画予定がある」との話を伺い、私の気持ちが動きました。「展開図を作成するから、8月までに田口線車両を製品化しましょうよ」と東山氏に持ち掛けました。自ら作図した展開図で、どの様な車両に仕上るものかを確認するために製作したのが、この車両です。田口線モ14をイメージしています。
6月7・8日には、名豊ビル5階で“とよはし市電を愛する会”が主宰する「LRV、新型全面低床車が街にやってくる …見よう、乗ろう、動かそう…」なるイベントが開催されました。ここに東山氏も呼ばれているとの事。「モ14試作品が完成したから来ませんか」と電話を頂き、私の車両も持参して名豊ビルへ出向くこととなりました。考えてみたら、我がモデルのパワートラックに通電したことがありません。名豊ビル催事場のHOレールを借用して初の試運転。「あれ? 走らない」 少々押してみると僅かばかり走行します。やむなく、“YAMA模型”の試作モ14を後部に連結。YAMA車に押されて、長いエンドレス軌道を1周走行して戻ってきました。
昭和43〔1968〕年8月31日の運転を最後に廃線となってしまった豊橋鉄道田口線。廃線から20周年の時には、渥美線に元田口線車両が在籍していたこともあり、イベントが企画されました。今年、田口線は廃線から40年を迎えます。走った歴史が40年弱。これからは、廃線後の時代の方が長くなります。豊橋鉄道の方に伺っても、廃線40周年記念イベントは、特に無いそうです。それならば、「廃線40周年を記念して模型の製品化でも目論みましょう」と考えた結果です。
写真1枚目、屋根へ上り下りする側面ステップは、市販品を使用する予定でしたが、入手不能のためペーパー製。実測値に準じて作図、それを紙にコピーしましたが、物が小さすぎてカットもままなりませんでした。田口線に特急は存在しません。サボ内はご愛嬌です。DNo.162−4・平成20〔2008〕年7月8日撮影。
写真2枚目、難題であったトラス棒。模型では、φ0.6mm程の丸棒になります。きついカーブでは台車がトラス棒に当たってしまうため、真鍮を使用するとショートする恐れが生じます。そこで、φ1mmアクリル製丸棒を使用しました。中間ステーを強固にして、斜め両端部はフリーとしてあります。DNo.162−6・平成20〔2008〕年7月8日撮影。
写真3枚目、名豊ビルで連結したモ14。白いボディーが私のモデル。グレーの車両は“YAMA模型”東山氏の試作品。おでこのキツイRがうまく表現されています。DNo.157−14・平成20〔2008〕年6月7日撮影。
“YAMA模型”→ http://www10.ocn.ne.jp/~yamamoke/
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