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玉野市電の続編として、大聖寺前駅付近で撮影した写真3枚です。
取り込んだ写真を眺めますと、大聖寺前駅は当時、最も海に近い場所に存在した駅のようです。褪色がひどく、カビも発生したカラーフィルムを眺め、ため息が出るばかり。そこで、同時撮影した白黒写真も取り込んでみました。傷や汚れが少々あるとは言え、この時代の白黒写真は、やはり安心して眺めることが可能です。
この時の撮影機材は、アサヒペンタックスSPにコニカC35を積んだ連写2眼の2号機でした。カラーポジフィルムを充填していたペンタックスSPには、タクマー50mm・F1.4レンズを装着。白黒撮影用のコニカC35、35mm版とはいえ、レンズ焦点距離が38mmでした。そのため、ペンタックスのファインダーを覗いて同時撮影していますが、コニカC35で撮影した写真は、どうしても広角気味に写ってしまいます。結果、この組み合わせは半年程使用して、後にキャノンQL17に交換しています。別に白黒用として、6×6版2眼レフを所持していました。
写真1枚目、大聖寺前〜三井造船所間を走行するキハ101。低いコンクリート橋梁で白砂川を渡る区間でした。キハ101の横に留置されているのは、電気鉄道時代名残のクハ201。側板の一部は朽ち果てています。コンクリート橋梁の写真奥が大聖寺前駅。ここから石段を登った山の上に大聖寺も確認出来ます。現在の地図を眺めますと、レール跡は道路〔遊歩道?〕として使用されているようですから、当時の面影が残るものと推測されます。No.169−9・昭和45〔1970〕年3月16日(9:57)撮影。
写真2枚目、カラーで撮影した大聖寺前駅到着キハ103。No.169−14・昭和45〔1970〕年3月16日(10:55)撮影。
写真3枚目、2枚目写真と同時撮影した白黒写真。上のカラー写真と比較すると、周りの光景が広く写っております。今になって思えば、「これはこれで良かったのかな?」 写真後方の山は短いトンネルで抜けていました。撮影場所で振り返ると、造船所や白砂川沿いに敷設されたレールを眺めることが出来た所です。写真右手は瀬戸内海。白黒No.117−33・昭和45〔1970〕年3月16日(10:55)撮影。
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