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現在の日本国内でトロリーバスが運転されているのは、関西電力・黒部のトロリーバスと、立山黒部貫光のトロリーバスだけとなってしまいました。
昔は、東海道線沿線の主要都市で眺められたトロリーバス。東京・川崎・横浜・名古屋・京都・大阪の各都市には存在しました。しかし、路面電車を補完する形で建設された路線のため、お目に掛かる機会が少なかった交通機関です。川崎は眺めたのみ。名古屋・京都は趣味誌で知るのみです。東京・横浜・大阪では、数カット撮影。
一度だけ乗車したのが、横浜市交通局のトロリーバスでした。廃止が近付いたので、横浜駅前から横浜駅前までの間を外回り循環線で1回りしています。乗り心地は、バスというよりも東京モノレールや新交通システムに似た感覚でした。廃止となってしまう路面電車に目が向いていた時代で、「途中区間の走行シーンも撮影しておけば良かった」と後悔しております。
当時のメモ帳を開きますと、昭和47〔1972〕年2月12日には、花巻電鉄鉄道線の撮影に出向いていました。2月14日は、相模鉄道を撮影。この後、横浜駅に戻ってトロリーバスを少々撮影。この日の夜行列車で再び、花巻電鉄鉄道線の撮影に向っています。2月15・16日で、花巻電鉄の全線廃止を見届けた事になります。
乗車したトロリーバスでロケハンをしていたようで、バス停名の記録が残っていました。横浜駅西口―岡野町―浅間下〔せんげんした〕―浅岡橋―浅間町車庫前―洪福寺―宮田町―峰小学校前―峰岡町―常盤園下―和田町―和田町交差点―常盤園前―横浜新前〔横浜新道前?〕―岡沢町―市民病院前―三ツ沢西町―三ツ沢上町―三ツ沢小学校前―三ツ沢中町―三ツ沢下町―島田橋―ガーデン下―松本―泉町中央―泉町―鶴屋町3丁目―横浜駅西口へ戻る。和田町交差点〜岡沢町の間が、撮影に適した区間として記してありました。
昭和34〔1959〕年7月16日に開業。昭和47〔1972〕年3月31日、残っていた横浜市電と共に、この日限りで廃止されています。20年たらずの活躍であったことになります。都市のトロリーバスとしては、最後まで残っていたトロリーバスのはずです。
写真1枚目、横浜市電を撮影していた時、1枚だけ撮影したトロリーバス108号。102系統、循環外回り。横浜市電、浅岡橋〜浅間下間の浅岡橋電停付近。No.80−29・昭和44〔1969〕年5月16日(11:03)撮影。
写真2枚目、横浜駅西口のトロリーバス114号。横方向へ2本伸ばしたポールなのですが、「よく外れない」と感心しながら眺めた記憶が残ります。No.401−14・昭和47〔1972〕年2月14日(15:05)撮影。
写真3枚目、昨年、元事務所の忘年会へ向う際に撮影した黄昏時の横浜駅西口。トロリーバスを撮影した場所は、写真の左手を外れた辺りでした。トロバス撮影から37年程経過していますが、写真後方のビルは当時のままのようです。横浜駅東口程は変貌していませんでした。DNo.205前−97・平成20〔2008〕年12月13日(16:30)撮影。
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