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今年で伊勢湾台風から50年になりますか。当時、私は小学校4年生。現在の自宅付近で借家住まいの頃です。借家から少々北へ歩けば、水田超しに豊橋祇園祭の花火が良く見え、水田には蛍が飛んでいました。台風接近のニュースが流れると、ガラス戸に×印の板を打ち付けた光景は良く眺めたものです。我が家では、特に何もしませんでした。伊勢湾台風が接近すると、直ぐに停電。蝋燭だけが頼りです。そんな時、借家の裏木戸が東風で外れてしまいました。この木戸が倒れてしまえば、玄関まで2間の部屋を風が吹き抜けてしまいます。それで母親と二人で風が収まるまで、裏木戸を押さえ続けました。随分長い時間でありました。父親はスクーターで仕事へ出たものの、途中でスクーターが動かなくなり、台風の中、蒲郡辺りからスクーターを牽いて、ずぶ濡れで帰ってきました。夜が明けると、一面水浸し。水田の中にブロックを積んだ農業倉庫がポツリと建っていましたが、強風で完全に倒壊しておりました。愛知県周辺に未曾有の被害をもたらした伊勢湾台風。被害状況を知ったのは、ラジオか新聞であったと思います。
名古屋市電下之一色線沿線でも多くの被害が発生したものと考えられます。傾いた電柱等は、「伊勢湾の名残では…」と思ったものです。
尾頭橋〔おとうばし〕から単線併用軌道区間は、ハーフ判カメラでカラー撮影したのみ。専用軌道区間は、何とか連写2眼の1号機で撮影しています。白黒フィルムはハーフ判カメラを使用しているため、好結果は得られませんでした。可能ならば、もう2〜3回沿線を歩いてみたかった路線です。随分以前に購入した趣味誌で、下之一色線廃線跡の写真を眺めていますが、当時の面影が全く残らない程の変貌ぶりでした。
写真1枚目、名古屋市電下之一色線。小本〜松葉間を走行する70系統1544号築地口行。自宅の縁台に腰掛けて、走行する市電が眺められるわけですから羨ましい限りです。No.58−34・昭和44〔1967〕年1月20日(10:44)撮影。
写真2枚目、下之一色にて。70系統1659号尾頭橋行後追いカット。カーブした写真右手で、確か道路を越えた場所が電停のはずです。写真左手、車庫の車両は1660号、その奥が1700形。撮影のため立っている場所のレールは、本線のカーブに沿って背中側へも続いていました。ここにも窮屈な状態で1700形が留置されていました。満足に1700形を撮影出来なかったことが悔しい思い出です。No.59−7・昭和44〔1967〕年1月20日(12:27)撮影。
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