|
10代の頃、1畳程のHOゲージレイアウトを2度製作しています。何れも完成には至りませんでした。2作目は、トンネル・鉄橋・ストラクチャー等も製作して、それなりの形にしてありました。高価であったポイントマシンも取り付け、遠隔操作でポイント切り替えが可能でした。東海形153系の先頭車両1両をペーパーで自作。この車両が動力車です。連結するのは、短い豊橋鉄道渥美線の制御車です。これ以上長い編成はホームに収まりませんでした。お手頃サイズであったのが、福島交通飯坂西線の連接車でした。運転時刻表まで作成して名鉄パノラマカー2両編成も走らせたものです。東京で生活している間に、このレイアウトは実家裏の物置へ移されてしまいました。雨に当り、結局はヨレヨレになってしまったため解体。小学生の頃買ってもらったGG−1ブリキのオモチャを捨てられた事。レイアウトを壊されてしまった事。この2点に関して、母親には今でも根に持っています。
東京での間借り部屋時代、3度目の小さなレイアウトを製作。これは、ナローゲージの車両を走らせるのが目的でした。花巻電鉄馬面電車は、少々速度を上げると必ず横転します。未完のレイアウト3作には、併用軌道区間を設けています。自分でイメージしたレイアウトに併用軌道は不可欠でした。
レイアウトで描いたイメージの実在路線版が江ノ電でした。海が見えます。小高い山をトンネルで抜けます。鉄橋・トンネルのみならず、併用軌道までもが存在します。古い鉄道ファン誌には、「消え行く路線を訪ねて」と題されたシリーズが連載されました。ポールカー時代の江ノ島鎌倉観光が取り上げられています。廃線話が取り沙汰された時代を経た後、新造車両1000形がデビュー。この車両は、昭和55〔1980〕年の鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞します。短い2両編成の連接車が、ブルーリボン賞受賞。信じ難い快挙でした。
写真1枚目、龍口寺〔写真後方のお寺さん名称〕前で久々に撮影した江ノ電501+551+305+355の4連藤沢行。写真の501+551連接車は、平成18〔2006〕年3月にデビューした2代目。昔の501+551編成スタイルを受け継いでいます。江ノ島〜腰越間の併用軌道にて。DNo.306−1−33・平成21〔2009〕年9月16日(12:23)撮影。
写真2枚目、龍口寺前、昔の501+551。この頃は、501号にのみZパンタが搭載されていました。後に2機のパンタグラフを搭載。平成14〔2002〕年1月に廃車になっています。40年前の光景ですが、現在風景と比較してみても、大きく変化していない点は喜ばしい限りです。架線周りが仰々しくなった感じです。江ノ島〜腰越間にて。白黒No.67−35・昭和44〔1969〕年10月21日(11:59)撮影。
写真3枚目、1枚目写真編成と江ノ島駅で列車交換したのが、この編成。21+61+22+62の4連鎌倉行。新501+551編成共々、初めて眺めた車両です。シングルアーム式パンタを搭載していますため、昔の江ノ電に戻った様な印象をうけます。江ノ島〜腰越間にて。DNo.287−2−173・平成21〔2009〕年9月16日(12:25)撮影。
写真4枚目、2枚目白黒写真左手にラビットスクーターが写っています。我が家でも両親が使用していました。父親が最初の中古車購入後も暫らく物置に置いてありました。19歳で普通運転免許証を取得しましたが、この免許証では運転することが出来なかったスクーターです。昭和43〔1968〕年6月に生産終了とあります。先日、豊橋鉄道市内線の「花電車」を撮影するため駅前へ出向いた際、偶然見掛けたのが写真のラビットです。いまだに健在!!。懐かしい。豊橋広小路通りにて。DNo.315−17・平成21〔2009〕年10月4日(13:42)撮影。
|