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パソコンを使用しての作業。作業の基本は、文字を打ち込む事。計算する事。図、写真、映像を処理する事。この3項目がクリア出来れば、現在の生活に不自由は感じません。
昔、強度計算式を依頼された時には、計算機を使用して手書きの計算式を作成したものです。数値が変わるたび、消しゴムで数値を修正したり、新たな用紙へ書き直す結果になってしまいます。パソコンの文書作成ソフトを使用することで、この作業が楽になりました。それならばと思い、強度計算を表計算で算出可能となるよう表を組んでみました。使用条件で異なる、幅・高さ・長さの数値を入れた時、必要強度を満たしているか否かを瞬時に算出するための表計算でした。手計算で1日を費やした作業が、僅かな時間で終了します。この表計算を客先に提出。以降、この手の強度計算の依頼は有りません。客先会社の標準強度計算表となってしまったのです。自らの作業を簡略化しようと思って作成した表計算が、稼ぎを減らす結果となってしまいました。
そんな客先から贈って貰ったのが、高価なWindows95パソコン+キャドソフトでした。ここからキャドへの挑戦が始まります。同時にフィルムスキャナーも購入しています。MS−DOSで駆動するパソコンを使用していた当時のことですから、95パソコンの操作は全く分かりませんでした。
アドビ・フォトショップなるソフトの使い勝手も分からないまま、古いカラースライドを取り込みました。このデータをレタッチ作業。この作業が徒労であったことに気付くのは、2年後のことです。失敗作として残してあるデータを今回添付してみます。失敗の理由は、画面で見ても、プリントアウトしてもピントが甘い点です。初期設定の300DPIで取り込んでおりました。現在は2400DPIで取り込むことにしています。後日、再トライすることがあれば、差し替えてみようと思いますが、もう一度取り込むことも無いでしょう。取り合えず、フィルターだけは掛け直してみました。
「弘前電気鉄道。会社設立が、昭和24〔1949〕年7月25日。大鰐〜中央弘前間の開業は、昭和27〔1952〕年1月26日。昭和45〔1970〕年10月1日、弘前電気鉄道が経営権を弘南鉄道に譲渡。大鰐〜中央弘前間を大鰐線とする」と表記されています。弘前電気鉄道は、今にして思うと、戦後建設された路線で、20年足らずで会社名称が消滅したことになります。現在は、弘南鉄道大鰐線として運転されていますので、路線が消滅した訳ではありません。
豊橋で10代の頃眺めた名鉄パノラマカーは、赤一色。東京で下宿生活を始めた時、何度も乗車することになる京浜急行も赤い電車です。しかし、弘前電気鉄道の赤い電車には違和感がありました。トラス棒を備えた車両が「真っ赤?」。
写真1枚目、弘前電気鉄道のモハ102+クハ202+モハ105の3連大鰐行後追いカット。新石川〜鯖石間にて。昭和44〔1969〕年6月23日(16:22)撮影。
写真2枚目、中央弘前駅を発車したモハ202+モハ207+クハ102の3連。昭和44〔1969〕年6月27日(16:31)撮影。
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