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杜の都、仙台の路面電車は、昭和51〔1976〕年3月31日の運転を最後に全線廃線となってしまいました。昭和44〔1969〕年3月31日限りで廃線となってしまった北仙台線(北四番丁〜北仙台駅前間1.2km)以外の路線は、一応全線沿線を歩いております。福島交通軌道線や花巻電鉄軌道線に比較しますと、やはり都会の路面電車と言った印象でした。循環線を中心にして4路線が枝分かれする路線形態でしたので、市街地を移動するのには便利な路線であったものと思っています。循環線が存在するため、運転系統も複雑でした。好みの路線は、長町車庫前〜長町車庫間の0.3km連絡線。くねくねした単線の非営業路線でした。この区間を走行する車両写真があまり撮影出来なかったことには悔いが残っています。
写真1枚目、長町線(東五番丁〔中央三丁目〕〜長町駅前間4.2km)を走行中。間も無く、広瀬橋を渡る2系統モハ3001長町駅前行。3000形は、廃止となった呉市交通局から昭和43〔1968〕年に譲り受けた木南車輌製の電車で7両が在籍。この頃、豊橋鉄道市内線で活躍していたモ800形→モ3800形も木南車輌製。呉市電の発注流れを名古屋市交通局が購入して900形として活躍。後に豊橋鉄道が譲り受けています。そのため、何となく親しみを覚えた車両です。1系統:長町駅前−中央三丁目−仙台駅前−県庁市役所前−大学病院前−八幡神社前。2系統:長町駅前−中央三丁目−一番町郵便局前−交通局前−大学病院前−八幡神社前。写真の3001は仙台駅前を走行しないルートで長町駅前へ向います。白黒No.823−(14)・昭和48〔1973〕年2月25日(14:10)撮影。
写真2枚目、広瀬橋を渡る2系統モハ122八幡神社前行。今にして思うと、方向幕は○○方面を表示していたのみです。撮影場所としては、広瀬橋〜長町一丁目間になります。写真右手に東北本線の鉄橋を眺めた、おぼろげな記憶が残っています。まだ東北新幹線などは建設以前の時代です。白黒No.823−(15)・昭和48〔1973〕年2月25日(14:15)撮影。
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