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平成22〔2010〕年6月28日、EF66−27号機さんから、以下のコメントを頂きました。
『今年もビール電車の季節がやって来ましたか。早いもので豊橋を離れて2年が過ぎます。JNR117系や元東急の7200系が懐かしいです。豊鉄バスはあまり撮影していなかったために4枚折り戸のエアロスターが今でも生きているのかかなり気になります。』
二川在住時代、ご本人の住所・氏名・メールアドレスを伺っていますので、市内線「ほっトラム」デビューの時は、赤岩口車庫でお目に掛かりましょうなどとメールしたものです。その後、仕事の都合で埼玉の実家に戻られたようで、お会いすることは実現しませんでした。
今回のブログ更新、何も準備してありませんので、手短に4枚折り戸バスで繋ぎましょうと安易に考えておりました。“4枚折り戸のエアロスター”、どの様なバスであるものか知識がありませんので、ウィキペディアを開くことにしました。「ワーッ、種類が複雑で、記事の字数が多いこと!! この内容を眺めていたら、夜が明けてしまう」。兎に角、三菱ふそう・エアロスターの事であることは判明しました。
平成22〔2010〕年6月29日〔火〕、代金支払いのため、スクーターで2ヵ所の信用金庫へ向いました。その後、赤岩口車庫を覗いています。特に変わったこともありませんので、スクーターを駐輪場へ置いて、市内電車で駅前へ向かいました。駅前大通で市内線電車を撮影する際には、大型トラックやバスに邪魔されないことを望んでいます。気分転換に、たまにバスを撮影する程度ですから、4枚折り戸バスの現状などは知りません。「確かに眺めたことはあるけれど、最近、見たかなー?」。この日、何とか4枚折り戸バス2台を撮影することは叶いました。これが、“三菱ふそう・エアロスター”であるものかは判断出来ません。市内線電車撮影の方が楽でした。
写真1枚目、「おそらく、4枚折り戸バスは、この車両では?」と思って、デッキから階段を下りバス乗り場へ。CITY SHUTTLE 乗合515号。71系統、青陵中学校前経由の和田辻東行です。15:40の発車であったと思います。乗車口は確かに4枚折り戸ですが、扉が開いた状態です。間も無く、写真右手に、CITY SHUTTLE 乗合514号。92系統、豊川市役所前経由の豊川駅前行が到着しました。このバスも乗車口は、4枚折り戸で、15:35の発車です。DNo.415−48・平成22〔2010〕年6月29日(15:30)撮影。
写真2枚目、先に発車する豊川駅前行を撮影するため場所移動。バスの走行ルートを知りませんので、ここで暫らく待機。写真左手の豊川駅前行が発進すれば、4枚折り戸の扉側は撮影出来ます。発車した豊川駅前行は、左折してUターン。写真右手の和田辻東行バスの隣を走って、デッキ下を走行。市内線駅前電停横へ出て来ます。この様な駅前光景は初めて眺めました。非常に新鮮な感じがしました。DNo.415−51・平成22〔2010〕年6月29日(15:35)撮影。
写真3枚目、市内線駅前電停横のCITY SHUTTLE 乗合514号。92系統、豊川市役所前経由の豊川駅前行。この辺りから撮影するのは、市内線電車の終点が市民病院前であった時代以来では…?。DNo.415−55・平成22〔2010〕年6月29日(15:36)撮影。
写真4枚目、信号機が変わり、走行開始の豊川駅前行。DNo.415−58・平成22〔2010〕年6月29日(15:37)撮影。
写真5枚目、駅前バス停を発車したCITY SHUTTLE 乗合515号。71系統、青陵中学校前経由の和田辻東行。デッキ下でUターンした後、この場所へ出て来ます。4枚目写真は写真右手の道路向い側から撮影。その後、後方のデッキを延々と巡って、この場所に辿り着きました。レール健在の頃、ここには横断歩道が存在したものです。現在は、地下道を使用するか、デッキを使用しなければ、歩行者は道路反対側へは渡れません。DNo.415−63・平成22〔2010〕年6月29日(15:42)撮影。
写真6枚目、写真5枚目に同じ。ここから駅ビルを撮影するのも初めてです。DNo.415−65・平成22〔2010〕年6月29日(15:42)撮影。
写真7枚目、信号機が変わり、走行開始の和田辻東行。4枚折り戸が撮影出来ました。DNo.415−67・平成22〔2010〕年6月29日(15:43)撮影。
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