|
現在使用中のフィルムスキャナー。取り込み範囲は任意で選択可能なのですが、横長の形でしか取り込めません。ハーフ判カメラで撮影した画像は、縦長サイズで取り込みたいのですが、これが出来ません。ふとした思い付きから、ハーフ判写真をフル画面に近い形でデジタル化可能となったのは、仙台市電の元水浜線車両写真を掲載した際、表記した通りです。同様の手法でトリミングも可能である事に気付きました。フル画面で写真を取り込みデジタル化。この写真をレタッチ作業。作業完了した画像の中から必要な箇所をコピーして、別サイズで用意した無地の画像へ貼り付けることで、フル画面のデジタル画像が完成します。今回は、この様な作業から作成した白黒トリミング写真1枚も添付してみます。
今回の写真も昭和44〔1969〕年の撮影です。先輩の方から情報を頂いて撮影に出向いたものと思い込んでおりましたが、当時の撮影記録を見返すと、勘違いしていたようです。この日は午前中、豊橋の市内電車を撮影しておりました。昼過ぎ駅前へ到着。豊橋駅構内も少々撮影。ここで写真の列車を知ることになります。この時、先輩の方から運転情報を得たものと思います。「これは一大事」と、アタフタ自宅へ戻り父親の車で出直し。市内電車とは逆方向の多米峠越え。国鉄二俣線知波田駅発車シーンを滑り込みセーフで何とかゲットしました。その後、蒸機列車を車で追い掛けています。三ヶ日と西気賀では、暫らく停車していたようで、停車中の編成も撮影してありました。二俣線を走行したSL列車の中でも思い出に残る臨時列車でした。10月10日にも、同様の臨時列車が運転されましたが、この時はSL単機の牽引でした。友人と一緒に車で追い掛けています。
国鉄二俣線が、第三セクター天竜浜名湖鉄道に転換されることなど、想像もしなかった時代です。現在であれば、ジョイフルトレイン運転情報として、事前に趣味誌に発表されるものと思います。
写真1枚目、国鉄二俣線知波田駅を発車するC58 20+C58 288+オールグリーン車7両。白黒No.60−21・昭和44〔1969〕年10月5日(14:24)撮影。
写真2枚目、1枚目写真の重連蒸機を後方から撮影。牽引されるグリーン車の1両目は、スロフ53 2021?。白黒No.60−22・昭和44〔1969〕年10月5日(14:24)撮影。
写真3枚目、都田峠のトンネルへ向い、築堤を駆け上がる重連蒸機牽引オールグリーン車7両編成。50mm標準レンズを装着したカラー撮影用1眼レフのファインダーを覗いて撮影したカット。この時、1眼レフの上にはコニカC35を載せていました。コニカC35の焦点距離は38mmです。同時撮影したものの、白黒写真は、カラー写真より広範囲が写ってしまいます。半年程使用して、コニカC35は、キャノネットQL17に載せ替えました。この白黒ネガを取り込んで初めて気付いた事。写真右手、「これ程綺麗な棚田〔or茶畑〕であった!!」。何度も上った築堤でしたが、今まで気に留めることもありませんでした。都田〜宮口間にて。白黒No.60−35・昭和44〔1969〕年10月5日(16:03)撮影。
写真4枚目、3枚目写真を角度補正してトリミング。列車のみならず、この時の煙も思い出に残る1シーンです。
|