|
明治5〔1872〕年10月14日、日本で最初の鉄道が、新橋−横浜間で開業。岡蒸気が走り始めた記念すべき日です。開業初日は記念式典が新橋駅で催され、明治天皇のお召し列車が新橋−横浜間を1往復運転。全線の正式営業は、翌10月15日からだそうです。当時の横浜駅というは、現在の桜木町駅のことで、東海道本線延伸に伴い「横浜駅」の名称を現在の横浜駅に譲り、大正4〔1915〕年に桜木町駅に改称されたと記されています。
明治37〔1904〕年7月15日、横浜電気鉄道により、大江橋〔桜木町付近→当時の横浜駅付近〕−神奈川〔青木橋付近→現横浜駅東口の東京寄り〕間に軌道が敷設され、電車が走り始めたのが横浜市電の原点。現桜木町駅が横浜駅として開業。それから32年後に路面電車も運転開始。その後、建設されたのが現在の横浜駅。桜木町駅が横浜駅を名乗っていた期間は43年間ということになります。
フィルムクリーナーでカビ除去後、スキャナーで取り込んだ横浜駅前カラースライドを眺め、「横浜市電健在の頃の横浜駅東口は、これ程、殺風景な所であった!!。桜木町駅を中心にして街が発展していったのだなー」と感じ入った次第です。
浪人生活が確定した、昭和43〔1968〕年3月31日、カラーポジフィルムを充填したハーフ判カメラ1台を所持して横浜市電の沿線を歩いております。弘明寺や井土ヶ谷辺りを中心に30km程歩いたと記憶しています。横浜市電の一部区間が廃止になると知り、出向いたものと思います。この日は、走行する2軸単車の姿も随分見掛けたものです。それから1年後、東京での下宿生活開始直後に撮影したのが今回の写真です。35mmカラーポジフィルムを充填した1眼レフで撮影出来た横浜市電2軸単車の走行写真は、この2カットしかありません。大都市の路面電車はボギー車が主力で、廃線の方向へ向っていた時代に2軸単車の撮影が叶った思い出深い2カットなのです。
写真1枚目、横浜駅前電停に到着した500形511号2軸単車。鉄道ピクトリアル 1969年 4月号・臨時増刊 通巻223号“全日本路面電車現勢”によれば、昭和44〔1969〕年当時、500形2軸単車は麦田車庫所属で5両が在籍していたようです。7補系統となっています。洲崎神社前〜八幡橋を結んだのが7系統。ラッシュの時間帯、7系統をこの511号が補完していたものと思われます。方向幕から、横浜駅前〜浦舟町を走行したようです。麦田車庫とは無縁のルートです。No.80−14・昭和44〔1969〕年5月16日(7:57)撮影。
写真2枚目、横浜駅前電停より撮影した500形511号2軸単車浦舟町行。何処かの渡り線で折り返したものと思っています。現在、この道路上は高速道路になっています。写真左手が横浜駅舎。写真右手には、“横浜そごう”〔開業当時は、東洋一のデパートと呼ばれたと記憶しています〕も建設されました。高速道路も走行しましたし、“横浜そごう”へは何度も出向きました。横浜駅東口の光景は現風景に近いイメージが残ってしまいました。正月恒例の箱根駅伝。毎回、正午頃から眺めますので、スタート時は眺めたことがありません。復路では横浜駅前にカメラがセットされ、通過する選手の姿が放映されます。テレビカメラ設置場所は、この写真の真後ろと思っています。No.80−15・昭和44〔1969〕年5月16日(7:59)撮影。
|