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“テレコージしたら”まで田口線冊子60冊を届けることになりました。「性懲りもなく、また60冊?。もう売れないでしょう」。15冊であれば宅配業者さんにお願いするのですが、60冊となればワゴン車を走らすしかありません。最近、ほとんど使用しないワゴン車。バッテリーを上げてしまいました。バッテリーを外してスクーターでガソリンスタンドへ運び充電。その後もワゴン車は、ほとんど使用していませんので、「エンジン掛かるかなー?」。
「田峰観音のお祭の時、田口線冊子を売りたい」とお話を頂きました。豊橋鉄道田口線の廃線跡から、随分離れた山の上に位置する田峰観音。あまり人の気配を感ずることない小さな売店へ冊子を並べても売れないであろうと思っていました。何はともあれ、平成19〔2007〕年2月3日〔金〕、“テレコージしたら”へ初めて60冊を手渡しています。“テレコージしたら”の存在を知ったのも、この時です。「売れて5冊。へたすると0冊では?」などと話したことも今では懐かしい思い出です。この時から4年半が経過。この間に390冊を売りさばいてくれました。作った本人が何もしない代物を「良くぞ、ここまで売ってくれました!!」。感謝です。またまた電話を頂きましたので、「ハイハイ、おっしゃる通りに致します」。
田口線廃線跡へ繰り出すのは、「ぴーかんテレビ」のロケ隊にお付き合いして以来ですから、1年4ヶ月ぶりになります。ただ冊子を届けて戻って来ても仕方ありませんので、出向くからには「それなりの事をしてきましょう」。前日、仲間さんに「少々、危険な事してくるから、もし戻らなかったら、あの辺りを捜索してね」とお願いしておきました。
1.小池部隊長が、チクリチクリけし掛けてきた田口線廃線跡築堤のミニ人道トンネルと、傘川橋梁跡
に残る架線柱の寸法測定。
2.田峯で冊子を手渡す。
3.奥三河郷土館のモ14を撮影。今年3月3日に我が家を訪ねてくれた黒柳嘉治さんが、「奥三河郷土館
は5年後、清崎へ移転する」と話していました。確定した訳ではないようです。
4.旧平松屋さんと、黒柳さん宅へもお邪魔しましょう。
以上の4項目を成し遂げるべく、平成23〔2011〕年4月21日〔木〕、決起しました。ワゴン車のエンジンは掛かりました。何とか普段より早く目覚めましたので、自宅出発は9:35です。豊川の“ヤマサ”で手土産を購入。ついでに飯田線の時刻表も調べます。JR東海373系特急「ワイドビュー伊那路」2列車が撮影出来そうです。
写真1枚目、もう少々奥地で撮影したかったのですが、間に合わないので諦めてここで撮影。21M特急「ワイドビュー伊那路1号」F11編成〔クモハ373−11+サハ373−11+クハ372−11〕の飯田行。三河一宮〜長山間にて。7DNo.20−4・平成23〔2011〕年4月21日(10:23)撮影。
写真2枚目、こんな所にお馬さんがいらっしゃいましたか。三河一宮の砥鹿神社。ネット検索しますと、「神幸祭が終わると神職より流鏑馬12頭が修祓をうけ、表参道の馬場にて流鏑馬式が行われる。流鏑馬に乗る騎児は、主に小学生高学年から中学生で、疾走する馬の上で両手を広げ布引をなびかせる。12頭の馬がそれぞれ5往復する姿は大変勇壮である。」と記されています。このお馬さん、流鏑馬〔やぶさめ〕で活躍するのでしょう。12頭も疾走するとは知りませんでした。7DNo.20−10・平成23〔2011〕年4月21日(10:25)撮影。
写真3枚目、国道151号線の有海交差点を背にして撮影した上諏訪行519M。119系3連であったと思います。写真は最後部のクモハ119−23。“サンクス新城有海店”で食料を調達。駐車場で腹ごしらえするつもりでいましたところ、普通電車が通過しますので、1カットだけパチリ。鳥居〜大海間にて。下の道路が建設されたのは、旧型国電が活躍していた頃?。覚えていません。7DNo.20−32・平成23〔2011〕年4月21日(11:38)撮影。
写真4枚目、上りの「ワイドビュー伊那路2号」撮影のため、鳥居〜大海間の安長踏切へ移動。「この様な景観になってしまいましたか」。安長踏切から鳥居方向を眺めています。アウトカーブから狙うとケーブルが目障りです。7DNo.20−38・平成23〔2011〕年4月21日(11:49)撮影。
写真5枚目、鳥居〜大海〔写真右手〕間の安長踏切。写真右手の工事看板には、「線路横断水路をつくっています」と表記され、工期は平成23年10月3日まで。その奥、線路を隔てた工事看板には、「新東名高速道路をつくっています」と表記されていました。工期は平成25年2月13日までとなっています。旧型国電が活躍していた頃、写真左手の照明灯辺りまで登ると、長閑な光景の中を走行する飯田線旧国が撮影可能でした。三河東郷〜大海間、大海〜鳥居間、共に国鉄飯田線の好撮影スポットでしたが、新たな道路が建設され当時の面影は薄らいでしまいました。7DNo.20−40・平成23〔2011〕年4月21日(11:52)撮影。
写真6枚目、安長踏切付近から撮影。22M特急「ワイドビュー伊那路2号」F8編成〔クハ372−8+サハ373−8+クモハ373−8〕の豊橋行。鳥居〜大海間にて。7DNo.20−47・平成23〔2011〕年4月21日(12:01)撮影。
写真7枚目、赤土斜面を上り下りしていたキャタピラダンプカーの走行シーンを撮影しようと思っていましたが、作業員さん達は昼休みのようです。集結した建機を纏めて撮影。7DNo.20−59・平成23〔2011〕年4月21日(12:08)撮影。
写真8枚目、OB会のため箱根から戻って来た際、豊橋駅で撮影した373系の普通電車です。F5編成〔クハ372−5+サハ373−5+クモハ373−5〕を使用した浜松行。この様な運用が存在することなど全く知りませんでした。友人が調べてくれた結果では、浜松へ走行した後、大垣へ向ってしまうようです。実際の運用は理解出来ていません。写真右手、7番線発車案内では、「普通 20:58 浜松 3両 3両編成」。次発は「区間快速 21:24 大垣 8両 ○1〜8」。8番線発車案内では、「新快速 21:18 大垣 8両 ○1〜8」。次発は「ホームライナー大垣1号 21:43 大垣 6両 6両編成」。偶然の撮影でしたが、夜の豊橋駅で一時表示される稀な発車案内と思います。区間快速、ホームライナー大垣1号の存在も知りませんでした。乗車位置案内が、3両編成、6両編成、○1〜8。この意味も理解出来ません。7DNo.38−321・平成23〔2011〕年6月21日(20:55)撮影。
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