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今年の6月、息子のワゴン車に便乗して富山まで出向き、米原を経由の特急電車で戻ってまいりました。途中下車して久々に福井鉄道も撮影。「何年ぶりかなー?」。路面区間は20年ぶり位です。市役所前電停周辺を暫らく撮影しておりましたが、「やはり、高床式電車が走っていた昔が懐かしい」。
現在は、名鉄岐阜市内線+揖斐線+美濃町線が、そっくり福井へ移動してしまった感じです。日中走行しない高床の旧型車両を眺めるため、福武線電車に乗車して車庫を目指しました。
車庫外れに留置されていたのが、今回紹介する福井鉄道の自衛消防車です。鉄道会社が保有する自衛消防車は眺めた記憶がありません。目的の電車は車庫の奥に入っており、姿が何とか確認出来る程度です。福井駅前へ戻るため乗車した電車は、市役所前到着間際の足羽川橋梁上で200形電車とすれ違ってしまいました。結局、かつての急行用連接車はゲット出来ませんでした。
PR画面が追加されてから、ヤフーブログままならず。腹が立ちます。
写真1枚目、ボンネットタイプの福鐵自衛消防車。7DNo.111−443・以下全て平成24〔2012〕年6月6日〔水〕撮影。撮影時刻15:39。
写真2枚目、福鉄自衛消防隊の消防車。吸込みホース先端に取り付けられた竹を編んだストレーナー、朽ち果ててしまった感じです。訓練に参加することもあるのでしょうか?。写真右手には昔の福武線駅名標が立て掛けられています。終点であった「武生新」は、平成22〔2010〕年3月25日、「越前武生」に改名されたそうです。7DNo.111−444・撮影時刻15:39。
写真3枚目、福鉄自衛消防車を撮影したのは、以上の3カット。他に撮りようがありません。豊橋駅前の精文館本店で消防車関連書籍を少々眺めてみると、この手の車両、数カットが掲載された冊子を見付けましたが、何時頃製造された車両かまでは分かりませんでした。昭和40年代後半から昭和50年代に掛けて製造されたのでは…?。一寸見の印象は「尻切れトンボ」です。7DNo.111−445・撮影時刻15:40。
写真4枚目、福井鉄道の車両工場と北府駅舎。写真奥が福井方向。福井から越前武生に向う電車は、車両工場横を走行した後、左方向へカーブ。カーブ途中に存在するのが北府駅です。こちらも平成22〔2010〕年、「西武生」から「北府駅」と改名されています。撮影場所で首を左方向へ90度回転させると福鉄自衛消防車が確認出来ます。7DNo.111−439・撮影時刻15:37。
写真5枚目、「北府」駅名標。写真掲載で、カラフルな駅名標です。車両写真は880形連接車で、名鉄美濃町線時代はスカーレット一色で活躍した複電圧車。「きたご」とは難読駅名と思います。7DNo.111−421・撮影時刻15:28。
写真6枚目、旧駅舎に似せて建設された北府駅舎ですが、駅舎内は福井鉄道資料館といった様相です。この時間帯では駅員さんは不在でした。7DNo.111−434・撮影時刻15:34。
写真7枚目、車両工場の案内表示板。大正時代に建設された古い木造車庫だそうで、バスの車庫も似た雰囲気でした。必要不可欠な建物を火災から守るのが、福鉄自衛消防車なのでしょう。長きに渡り、今日まで火災発生もなかったようです。7DNo.111−450・撮影時刻15:42。
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