昨年9月、新潟県糸魚川までの走行、下準備に少々手間取りました。糸魚川周辺には私鉄路線がありませんので、糸魚川は夜中に通過するだけの街でした。大糸線に関しても、昔はブルーの旧型国電が走行した路線程度の認識しかありません。大糸線が糸魚川へ続いていた事。しかも、糸魚川寄りが非電化区間であった事などは、今回初めて気付きました。「暫し息子が生活する糸魚川へ出向いても撮影目標が定まりませんので、JR大糸線でも撮影してみましょう」。
JTBの時刻表を基にして、JR大糸線の列車ダイヤを作成します。廃業から9ヶ月が経過。久々のキャド作業。作図作業に1週間程を費やしてしまいました。「今まで良くぞ、この様に面倒な作業を仕事にしていたものだ!!」と痛感したものです。
平成24〔2012〕年9月27日〔木〕、ワゴン車での自宅出発は18:11。東名高速道路、東海環状道、中央自動車道、長野自動車道と走行して、みどり湖PA到着が22:01。ここで車中泊。
一夜明け、9月28日〔金〕、みどり湖PA出発は6:45。松本ICで一般道に下りて松本電鉄を目指します。松本電鉄は、昭和47〔1972〕年8月12日に新島々〜新村間を1度だけ歩いています。以来、約40年。松本まで辿り着いたら、今回は松本電鉄を外せません。この日、仕事明けの息子は、大糸線428Dに乗車。南小谷で5328Mに乗り換えます。下車する駅を当方から指示するのは、松本電鉄次第です。
写真1枚目、長野自動車道松本ICを出て間近の場所。下新〜大庭間を走行するモハ3001+クハ3002の2連、新島々行3レ。京王電鉄井の頭線を走った元3000系ステンレスカー。やはり、昔の日車標準形車両時代が懐かしい。7DNo.143−29・以下全て、平成24〔2012〕年9月28日撮影。7:24撮影。
写真2枚目、1枚目写真の後追いカット。北アルプスの山並みをバックに走り去ります。車体に描かれた湾曲した斜めのストライプは、何をイメージしているのでしょう?。7DNo.143−30・7:24撮影。
写真3枚目、北新・松本大学前〜下新間を走行するモハ3007+クハ3008の2連、松本行8レ。クハ3008には霜取りパンタが搭載されています。若き日の父親が撮影した上高地カラースライドが残っており、河童橋・大正池・焼岳・ボンネットバスを眺めた記憶があります。写真後方に見えるのが焼岳なのでは?。7DNo.143−32・7:57撮影。
写真4枚目、3枚目写真に同じの松本行8レ。40年前、これといった印象が残っていない松本電鉄なのですが、「駅名が何か変!」とは思ったものです。新島々→「しんしましま」。渕東→「えんどう」。下島→「しもじま」。三溝→「さみぞ」。新村→「にいむら」。北新→「きたにい」。下新→「しもにい」。大学が建設されたことで、北新駅は「きたにいまつもとだいがくまえ」と改名されたようです。7DNo.143−39・7:58撮影。
写真5枚目、新村駅舎。新旧の駅舎が並んでおりました。昔撮影した白黒ネガを確認しましたが、駅舎の写真は撮影してありませんでした。当時の記憶は、ほとんど残っておりません。7DNo.143−42・8:22撮影。
写真6枚目、新村車庫西側に留置されている2両の木造貨車廃車体。40年前、車庫の凸型電機は撮影していますが、貨物列車を撮影することはありませんでした。「この貨車バッファー付きだった‥?。よくぞ残っておりました!!」。7DNo.143−48・8:25撮影。
写真7枚目、松本電鉄の撮影を終えて大糸線沿線道路を目指します。新村交差点で信号待ちしている時、「なにわ」ナンバーの阪急貸切バスが通過します。6号車です。野麦街道158号線を走行して上高地へ向うものと思われます。新村交差点から暫し北進すると梓川を越えます。その先で右折。大糸線梓川橋梁を眺め終えた頃、息子から電話。信濃大町下車を指示します。これで13:00頃には、信濃大町駅へ到着しなければなりません。7DNo.143−96・9:09撮影。
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