連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

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尾小屋鉄道×鉱山索道

 学生時代の撮影旅行、夏休みは北海道・東北・九州を目指します。5月のゴールデンウイークは北陸へ出向くことが多かったです。東京で購入する国鉄の北陸周遊券有効期間は確か1週間。1年間で7枚発行される学生割引証明書を全て有効に活用するには、この様な策しかありませんでした。
 
 尾小屋鉄道を初めて訪ねた時は、1日中雨模様。当日撮影したネガ全てを取り込み当時のミニノートを開かないと、どのように行動していたものかは思い出せません。新小松から尾小屋までの全線16.8kmを歩いて、尾小屋からミニ気動車に乗車して新小松へ戻ったものと思います。新小松から暫くの間は水田地帯。遊園地前辺りから山間区間に風景が変ります。遊園地前駅付近には池があり、「遊具も無いけれど、ここが遊園地」などと思った記憶が残っています。135mmF3.5望遠レンズを装着した白黒専用1眼レフも所持していたハズですが、撮影条件が悪く、ほとんど使用するチャンスは無かったのでしょう。
 
 尾小屋鉄道は鉱山鉄道として建設されたそうですが、採掘された鉱石を貨物輸送するシーンなどは趣味誌を通じても眺めることはありません。記憶に残る尾小屋鉄道のイメージは、小さな気動車1両が僅かばかりの乗客を乗せて走る非電化軽便鉄道です。
 
 
イメージ 1
 写真1枚目、塩原〔しおはら〕〜波佐羅〔はさら〕間を走行するキハ3〔元遠州鉄道奥山線〕新小松行。上空には鉱山索道のゴンドラが写っております。キハ3の写真後方、馬蹄型風に組んだ形鋼らしき構造物が確認出来ます。この場所でナローラインと鉱山索道は交差していたものと思います。もう1箇所、観音下〔かながそ〕〜倉谷口〔くらたにぐち〕間にも交差箇所が存在したようですが、そちらは撮影してありません。ウィキペディアには、尾小屋鉄道の路線図と共に鉱山索道のルートも表記されていますので、興味がおありの方は検索してみて下さい。鉱石運搬ロープウェイは、大谷鉱山〜倉谷採鉱所間を結んでいたようで、推測ながら全長は9km程と判断しました。尾小屋鉱山の閉山は、昭和461971〕年とあります。この後もう1度、尾小屋鉄道を訪ねた時には鉱山索道を眺めることはありませんでした。白黒No.430341)・昭和461971〕年54日(1321)撮影。
 
 
イメージ 2
 写真2枚目、1枚目写真の後追いカット。キハ3塩原駅到着間近。車掌さんが乗降扉を開いて外を眺めていますので、この時点で雨は降っていなかったのかも…?。ナロー軌道に沿って立ち並ぶ“ハエタタキ”も軽便バージョンです。現在であれば、鉱山索道もそれなりに記録するのでしょうが、過ぎ去った昔を今更云々しても仕方ありません。白黒No.430440)・昭和461971〕年54日(1321)撮影。

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