加越能鉄道高岡軌道線〔現:万葉線株式会社〕は、当初、富山地方鉄道が開業した路線であったこともあり、走行する車両は富山地鉄市内線車両と相通じるところがありました。でも沿線風景は、変化に富んでいて富山地鉄市内線よりも面白いと思っています。途中区間のみが複線なのも楽しいです。
高岡軌道線魅力の一つは、貨物専用線との平面交差でした。国鉄氷見線能町から分岐して日本曹達能町工場へと続く専用線は、作業キロ1.8kmと紹介されています。初めて高岡軌道線を訪ねた時、現地で存在を知りました。平面交差付近を走行する軌道線電車を撮影。その後も訪ねていますが、毎度ながらの写真を撮影するのみでした。レイル・マガジン誌、「模景を歩く」で、日本曹達専用線を走る貨物列車の写真が紹介され、通過時刻も表記されました。可能であれば、平面交差を通過する1日1往復の専用線貨物列車も撮影したいと思いましたが、出向くチャンスに恵まれず専用線は廃線。
上記、日本曹達への専用線とは別の場所に貨物専用線との平面交差が存在しました。今回は、こちらの平面交差箇所を紹介します。
写真1枚目、能町口〔写真後方、杉本建具店付近が電停〕〜新吉久間を走行し、間も無く川を越える7062号越ノ潟行。「まるせんチケット」広告電車。写真右手、道路に対して斜めに建つ2階建て木造建造物は学校のようです。道路側の小ぶりな建物がトイレなのでしょう。風車を載せた臭突が確認出来ますので、時代を考えれば、トイレと言うよりは汲み取り式便所。昨今の地図を確認すると、同じ場所に学校は存在しません。移転したのでしょうか?。白黒No.426−12(13)・昭和46〔1971〕年5月3日(13:15)撮影。
写真2枚目、1枚目写真の後追いカット。平面交差を通過する「まるせんチケット」広告電車。警報機が道路脇に備えられています。白黒No.426−13(14)・昭和46〔1971〕年5月3日(13:15)撮影。
写真3枚目、高岡軌道線を横切る専用線貨物列車。牽引する機関車は、貨物線車庫で撮影した専用線用DLではなく、国鉄の移動機と思います。1〜2枚目写真より、このカットを先に撮影しています。警報機が鳴り始めたので偶然撮影出来ました。この専用線写真は保有している趣味誌でも眺めた記憶はありません。それ故、消滅した時期も不明です。白黒No.426−11(12)・昭和46〔1971〕年5月3日(13:10)撮影。
写真4枚目、JR氷見線を撮影した後、万葉線の撮影に向いました。雨晴海岸を出発すると、来た道を戻り米島交差点左折。万葉線と平行する対港橋〔跨線橋〕でJR氷見線と貨物線をオーバークロスします。丁度、この時、眼下の貨物線を走る貨物列車を眺めました。跨線橋スロープを下った交差点脇が能町口電停。ここから単線併用軌道区間を走行して新吉久電停方向を目指します。直ぐに「アイトラム」高岡駅前行とすれ違いましたので、息子の運転するワゴン車助手席から撮影。1枚目写真の7062号とほぼ同じ場所を「アイトラム」が逆方向に走行するシーンを撮影する結果となりました。橋のコンクリート製欄干は、1枚目写真当時のままのようです。この向きですと、昔は写真左手に学校が存在したのですが、現在は駐車場なのでしょうか?。この先100m程走れば専用線警報機が存在した場所辺りになると思います。ND100No.288−146・平成21〔2009〕年8月10日(14:07)撮影。
画像5枚目、保有している昭和45〔1970〕年12月28日発行、富山1/5万地図の一部。米島口から伏木港へ続く高岡軌道線が表示されています。日本曹達専用線も表示。国鉄氷見線や貨物線から枝分かれする専用線も所々書き込まれています。でも、3枚目写真の専用線は表示されていません。貨物線横から「のうまちぐち」電停の北東、川に沿って「東化工」へ向う道路に相当する場所が、写真の専用線位置になると思います。地図では軌道線を潜る表記です。レイル・マガジン誌、「模景を歩く」には、高岡軌道線・JR氷見線・貨物線の配線路線図も表記されていますが、新湊貨物駅付近から分岐する専用線は、この地図同様、併用軌道区間を潜る形で「日本重化学工場」へ続いています。地形を考えると、いささか腑に落ちません。
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