写真1枚目。加茂駅を発車する蒲原鉄道モハ31〔2扉車〕ワンマンカー。国鉄信越本線の加茂駅ホームから撮影。白黒No.2027−3(8)・昭和58〔1983〕年3月20日(9:50)撮影。
写真2枚目。1枚目写真の後追いカット。白黒No.2027−4(9)・昭和58〔1983〕年3月20日(9:50)撮影。
写真3枚目。国鉄加茂駅前方向から走って来た蒲原鉄道バス。駅前旅館に宿泊予約するつもりであったと思います。駅前旅館に宿泊出来ないため、別の旅館〔旅館名称記録無し〕を探して駅前通り商店街を歩いている時に撮影したものと思います。雁木のある商店街を歩いたのは、加茂の町が初めてでした。バスの行先「中奥」、現在の地図からは検索不能でした。白黒No.2027−14(19)・昭和58〔1983〕年3月20日(11:10)撮影。平成28〔2016〕年3月31日〔木〕、まさくんの戯言先生ご指摘により、バスの行先「中興」→「中奥」に変更。
写真4枚目。3枚目写真の後追いカット。バイクでの走行、ヘルメットの着用は、当時本人次第であったようです。気になるのが、金子米店さんに掲げられている写真右手のプレート。“あなたの造り主をおぼえよ”。「なんじゃコレ?」。「私の造り主を忘れるほど、まだボケてはおりませんぞ」。調べてみると聖書に書かれた一文のようです。“聖書看板コレクション”なるHPも存在します。同様のプレートは東北地方に多く掲げられているようです。私には宗教心はありません。賽銭は境内へ入る入場料と思って賽銭箱に投入しますが、眼を掛けたことは一度もありません。突然寝返って願を掛けたりするとバチが当る様な気がしますから。ローカル私鉄行脚が、お遍路さんの様なものでしたけれど…。白黒No.2027−15(20)・昭和58〔1983〕年3月20日(11:10)撮影。
|
トラックバックされた記事
https://blogs.yahoo.co.jp/hideki_kobayakawa/trackback/1814025/69009706