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平成23〔2011〕年4月21日〔木〕の事ですから、既に4年以上前の出来事になってしまいました。自らの愚かさを暴露しておきます。
豊橋鉄道田口線の元田峰駅跡に事務所を構える“テレコテージしたら”まで“田口線冊子”60冊を届けることになりました。単に冊子を届けるだけであれば、宅配する手もあるのですが、60冊が故、ワゴン車を走らせることにしました。出向くからには、「それなりの事を成し遂げましょう」。「少々、危険なことをしてくるから、もし行方不明になった時は田口線廃線跡を探してね」と前日知人に電話をしておきました。
自宅出発は9:23。東名高速道路豊川IC付近の“ヤマサちくわ店”で手土産を購入。JR飯田線沿線で特急「ワイドビュー伊那路」上下2列車を撮影。新城消防署でも暫し撮影。元田口線沿いの道路を走って最初に決起したことは、三河大草駅の本長篠寄り築堤下に存在する小さな人道トンネル末端を確認することでした。次は三河大草〜鳳来寺間の築堤下を抜けるミニトンネルの撮影です。ここまでは無難に目的は達成しております。次の目標は傘川橋梁橋台に固定された架線柱の寸法とアンカーボルトのサイズを確認することでした。
田口線築堤横に廃線後造成されたスロープをセレナで上ります。スロープ中程で車輪がスリップしてしまい坂を上れません。冊子作成前、廃線跡を調査するため2輪駆動のディーゼルワゴン車で、このスロープは一度上っております。スロープを上り終えた直ぐのトンネルを抜け、次のトンネル手前でUターンして戻りました。「力の無いバネットコーチが上ったスロープだからセレナが上れない訳がない」。セレナをバックさせ右側車輪をアスファルトの上に載せ直し発進。前輪がツルンと路肩側へ滑ってしまいました。止む無く、ハンドルを右に切ってバックしようとしたところ、後輪もスリップして路肩側へ横滑り。ドアミラーを眺めながらのハンドル操作。「まずいよー。電気柵を薙ぎ倒しちゃったよー」。車から出て前部を確認すると岩に乗り上げた状態でした。ジャッキアップを試みたのですが、ジャッキはぬかるんだ土の中へめり込むばかり。無縁と思っていたJAFへ電話するしか策はなさそうです。
携帯電話は圏外を表示して使い物になりません。ソフトバンクのケータイ、自宅でも圏外を表示します。「こんな役に立たない携帯電話なら要らない」。JAFの電話番号を調べるため小笠原さん宅へお邪魔することにしました。鳳来寺の“おかめ茶屋”で田口線冊子を眺め、自宅へ冊子購入希望の電話を頂いたのが、小笠原さんでした。小笠原さん宅はお留守でした。別のお宅へ近づくと、倉庫で物音が聞こえます。応対して頂いた若い男性がJAFへ電話をしてくれました。東日本大震災直後であったこともあり自宅待機で出社していなかったそうです。この男性宅も小笠原さん。途中で子機を代わりJAF女性に状況等の説明をしたのは、13:20頃。
JAFの車が到着したのは、約30分後の13:53。スタッフさんから、これまで何台もの車を無難に救出していると聞きホッとしました。ところが、現実は甘くありませんでした。日没近づく頃、スタッフさん「ランクル呼んで、それでも駄目な時はクレーン車を手配する」とJAFへ直接電話。これ程の大事になるとは想像もしませんでした。
救援作業途中、お留守であった小笠原さんが戻られました。冊子購入のお礼を告げ、暫し田口線談義。豊橋の豊城中学へも通勤されていた先生だそうです。結果的には、小笠原先生に多大に迷惑を掛ける結果となってしまいました。軽トラックで電気柵を設置した小笠原さんも到着。先生とは、○ちゃん、×ちゃんと名前で呼び合っていますので、「同級生なのですか?」と質問。この地区周辺お宅は、全てが小笠原さんなのだそうです。セレナが薙ぎ倒してしまった電気柵、テスターでチェックしたところ電気は流れていたようです。電気柵小笠原さんに「触ってみる?」と言われましたが、恐怖心から辞退しております。
2人の小笠原さんには改めてお礼をしなければと思っているのですが、田口線廃線跡方向へ出向く機会がありません。小笠原さん2方へのケジメを付けなければ、上大草バス停横を素通りすることは出来ません。気が付けば4年以上が経過してしまいました。
写真1枚目、この状態で走行不能。7DNo.20−80・以下全て、平成23〔2011〕年4月21日撮影。13:30撮影。
写真2枚目、「何で、こんな所に岩が埋まっとるですか」。セレナ左前輪で埋もれていた岩を掘り起こしてしまったようです。7DNo.20−102・14:19撮影。
写真3枚目、ロードサービスカー57号車がやって来ました。JAFの文字・マークが表示されておりません。到着したのは、JAFから業務委託を受けているのでしょう、“櫻井モータース”さんでした。会社はJR飯田線の三河大野〜湯谷温泉間の中間辺りに存在するようです。7DNo.20−91・13:53撮影。
写真4枚目、57号車、セレナに近付くためバックで何度もスロープを上ろうとしましたが、57号車もスリップしてしまい、これ以上は上れません。7DNo.20−93・14:01撮影。
写真5枚目、ワゴン車の左側面横に立ってスタッフさん救援作業中、ガクッとセレナが路肩側へ傾いた時には、思わず「危ない!!」と声を発してしまいました。7DNo.20−97・14:07撮影。
写真6枚目、ジャッキアップしたことで岩は除去されました。7DNo.20−118・15:00撮影。
写真7枚目、3方の小笠原さんも集結。7DNo.20−133・16:17撮影。
写真8枚目、3方の小笠原さんを交えて救援作戦思案中。小笠原先生は倉庫から何枚も板を運んでくれました。更に長いワイヤー探すため倉庫へ戻っています。「申し訳なくって」。7DNo.20−133・16:18撮影。
写真9枚目、ウインチで引っ張ったことで、セレナは少々スロープを下りましたが、同時に路肩側へも滑っております。結果、救援作業は途中で断念。「セレナがこのままであれば、これからどうしましょう」。万が一の事を想定しセレナに寝袋は搭載してありますが、この状態のセレナ車内では寝られません。飯田線に乗車して自宅へ帰るか、豊鉄路線バスに乗車して清崎へ向かい「元平松屋」さんへ宿泊願いするか、頭が痛いです。7DNo.20−165・17:53撮影。
写真10枚目、立っている場所にかつて田口線レールが敷設されておりました。築堤は奥に向かって少々左方向にカーブし、峰第二隧道、峰隧道、富安隧道、大草隧道と4本のトンネルを抜けると三河大草駅。背中側の反対方向へ進むと、峰第三隧道、峰第四隧道、傘川橋梁、万寿隧道と続き鳳来寺駅。三河大草〜鳳来寺間2.2kmには7本のトンネルが存在しました。7DNo.20−107・14:23撮影。
写真11枚目、10枚目写真に対し、左45度程カメラを振ると、この様な光景。乗車した田口線電車からも垣間見られた光景です。田口線健在当時の光景と、あまり変わらないのでは?。7DNo.20−111・14:28撮影。
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