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久々に衣装缶を開け、昭和45〔1970〕年に広島で撮影したカラースライドを引っ張り出したところ、カビが酷くスキャナーでの取り込みに苦労したことは先に述べた通りです。それならばと思い、昭和44年〔1969〕、東北周遊の際に撮影したフィルムも取り出してみました。こちらのフィルムにカビはありませんでした。マウントの糊による変色も見受けられません。同じ衣装缶に40年以上も入れたままにしてあったカラースライド、カビ有無の原因は何なのでしょう?。
山形交通尾花沢線等を撮影したカラースライドを取り出しました。尾花沢線の撮影枚数は11枚のみ。国鉄奥羽本線の大石田駅に到着したのは夕方でした。日没までの僅かな時間で大石田−尾花沢間を1往復歩いております。「停車している車両をもう少々撮影しておくべきであった」と後悔しております。大石田駅から移動する列車の時刻を気にしていたのかも?。同時撮影した白黒フィルムはハーフ版カメラで撮影。それ故、保存状態の良いカラースライドを優先してスキャンし、何とか眺められる状態にしましょう。
山形交通尾花沢線は、国鉄奥羽本線の大石田駅と尾花沢駅を結んだ全線2.6kmの短い路線で、途中駅が存在しません。入換機として使用されるような小さなディーゼル機関車が客車・貨車を牽引しておりました。僅かばかりの距離を走行して終着駅に到着するたび機回しをしなければなりません。撮影日は、昭和44〔1969〕年6月24日。再び撮影することなく廃線になってしまいました。ウィキペディアによれば、『昭和44〔1969〕年12月17日−列車を運休し、バス代行運転を実施(翌年3月31日まで)。昭和45〔1970〕年9月10日−廃止。当初の廃止予定日は9月1日であった。9月14日−閉業式を実施。記念列車を運転する。』とあります。
写真1枚目、小さなDL、DB152がハフ4+ハフ3+ワフ1を牽引。撮影場所は、何処で撮影しても尾花沢−大石田間。2.6km区間のどの辺りで撮影したものかは覚えておりません。16:03には大石田駅におりましたので、大石田に近い場所であろうと思います。No.93−3・昭和44〔1969〕年6月24日(16:15)撮影。
写真2枚目、1枚目写真の後追いカット。客車に乗車した男子学生は、乗降扉を開け広げ外を眺めております。この後は、尾花沢駅構内を16:45に撮影しておりました。全線2.6kmは30分あれば歩き通せる距離でした。No.93−4・昭和44〔1969〕年6月24日(16:15)撮影。
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