|
自宅から最も近い鉄道が、豊橋鉄道市内線です。これまでに撮影した画像がどれ程の枚数になるものかは想像も出来ません。
モ3100形が活躍する時代を撮影したカットが最も多いと思っております。見飽きた感のあるモ3100形の画像をスキャンしようという気持ちは中々起こりませんでした。思い切って、45年前、昭和47年5月撮影画像を取り込んでみました。車両云々と言うより、沿線風景が随分様変わりしていることに気付きました。「昔は、こんなだったんだー!?。覚えていない」。
撮影画像をブログに掲載しても写真の説明書きが侭なりません。19歳から43歳の間は東京での生活で、豊橋鉄道市内線を撮影するのは、実家に帰省した時だけ。東京生活時代、豊橋鉄道市内線に関することは知らないことが多いのを思い知った次第です。
モ3100形が活躍する時代を時折スキャンして、少しづつ紹介しながら昔を偲んでみたいと思います。
豊橋の市内電車全車両がワンマン運行を開始したのは、昭和46〔1971〕年8月28日とあります。昭和46〔1971〕年9月15日、3600形2両〔1両は3月15日廃車〕、3700形2両、3800形5両、3900形1両〔1両は3月15日廃車〕が廃車。この時、まだ柳生橋支線は健在でした。結果、ワンマンカーとして活躍していたのは、モ3100形9両と柳生橋支線用のモ3700形2両。ワンマン化改造で生き残ったモ3300形2両とモ3800形1両が、この頃の市内線全車両になると思います。クーラー搭載や3200形、3500形がデビューするのは後の話です。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用






