連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

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 自宅から最も近い鉄道が、豊橋鉄道市内線です。これまでに撮影した画像がどれ程の枚数になるものかは想像も出来ません。
 モ3100形が活躍する時代を撮影したカットが最も多いと思っております。見飽きた感のあるモ3100形の画像をスキャンしようという気持ちは中々起こりませんでした。思い切って、45年前、昭和475月撮影画像を取り込んでみました。車両云々と言うより、沿線風景が随分様変わりしていることに気付きました。「昔は、こんなだったんだー!?。覚えていない」。
 撮影画像をブログに掲載しても写真の説明書きが侭なりません。19歳から43歳の間は東京での生活で、豊橋鉄道市内線を撮影するのは、実家に帰省した時だけ。東京生活時代、豊橋鉄道市内線に関することは知らないことが多いのを思い知った次第です。
 モ3100形が活躍する時代を時折スキャンして、少しづつ紹介しながら昔を偲んでみたいと思います。
 
 豊橋の市内電車全車両がワンマン運行を開始したのは、昭和461971〕年828日とあります。昭和461971〕年915日、36002両〔1両は315日廃車〕、37002両、38005両、39001両〔1両は315日廃車〕が廃車。この時、まだ柳生橋支線は健在でした。結果、ワンマンカーとして活躍していたのは、モ31009両と柳生橋支線用のモ37002両。ワンマン化改造で生き残ったモ33002両とモ38001両が、この頃の市内線全車両になると思います。クーラー搭載や3200形、3500形がデビューするのは後の話です。
 
 
 
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 写真1枚目。赤岩口電停のモ3106。運転台中央窓がHゴム化されています。方向幕の表示は、「競輪場前−駅前」。赤岩口電停がまだ2線構造であったのは意外でした。モ3106右側のレールに電車が停車しているのを眺めたことはありません。終点赤岩口で電車2両が並ぶことはあったのでしょうか?。写真右手は“宝寿し”さん。現在の建物とは異なります。この時、“宝寿し”さんの東側に送電線高架鉄塔が存在します。現在は逆になって、送電線高架鉄塔の東側に“宝寿し”さん。逆になった理由も分かりません。赤岩口の2線構造が消滅したのは、何時のことなのでしょう?。白黒No.65834)・以下全て、昭和471972〕年56日撮影。1016撮影。
 
 
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 写真2枚目。井原−赤岩口間〔赤岩口西交差点〕を走るモ3101赤岩口行。この車両の方向幕表示も「競輪場前−駅前」となっております。白黒No.65845)・1030撮影。
 
 
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 写真3枚目。2枚写真の後追いカット。井原−赤岩口間、赤岩口西交差点を通過したモ3101。車両後部の方向幕表示は「赤岩口−駅前」。スーパー“ヤマナカ”や“赤岩ビル”はまだ建設以前の時期と思います。白黒No.65856)・1030撮影。
 
 
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 写真4枚目。井原−赤岩口間、赤岩口を発車して駅前へ向かうモ3101後追いカット。こんな所に昔は“東芝ストアー”がありましたか。白黒No.65867)・1035撮影。

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