連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

豊橋鉄道渥美線

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 鉄道車両撮影の原点は、高校入試合格直後、同級生と豊橋鉄道渥美線高師車庫を訪ねた時と思っております。理由は、ハーフ判カメラにカラーポジフィルムを充填したからです。高校時代の3年間、ハーフ判カメラで撮影した写真は褪色したカラースライドが残るのみ。プリント不能なポジフィルムを使用した事を悔やむ時期でもありました。そこで上下2段カメラで、カラーと白黒の同時撮影を試みる。完成した連写21号機を所持して豊橋鉄道田口線の撮影に出向いたのが、昭和431968〕年818日でした。以来、間も無く44年が経過します。カラー写真と白黒写真が、そこそこに記録出来れば結果良し。カラー、白黒のどちらかを失敗した場合には、再度、撮り直しに出向いたりしたものです。近年、デジカメを追加したことで、撮影感覚が狂ってしまった事も事実です。でも、白黒フィルムが発売されている限り、連写2眼撮影は続けます。ゴールデンウイークは白黒フィルムの現像に徹します。
 
 渥美線柳生橋駅舎が消滅してしまいました。ハーフ判カメラを所持して渥美線の撮影に出向いた高校時代。渥美線「なのはな号2012」撮影のため繰り出した今年の春先。昔と変わらない姿を留めていた柳生橋駅舎でしたが、建て替えではなく解体されてしまいました。
 
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 写真1枚目、在って当たり前。長年に渡り見慣れた光景でした。写真中央が渥美線柳生橋駅舎。流石にくたびれた感じは否めません。駅舎の写真後方左手、2階建てライトブルーの建物が、豊橋鉄道本社。豊鉄看板を掲げた柳生橋ビル。これらの建物全てが無くなってしまいました。7DNo.5368・平成232011〕年108日(1508)撮影。
 
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 写真2枚目、何に使用されたものかは知りませんが、高い鉄塔も撤去されました。柳生橋駅に停車中の電車は、モ1807他本来の「なのはな」三河田原行。7DNo.5371・平成232011〕年108日(1517)撮影。
 
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 写真3枚目、豊橋鉄道関連建造物、柳生橋駅舎解体後の光景です。残った柳生橋駅プラットホームは改修工事中。停車中の車両は、モ1803他の三河田原行。7DNo.9360・平成242012〕年41日(1347)撮影。
 
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 写真4枚目、柳生橋駅を新豊橋駅側から撮影。停車中の電車は、ク2806他の新豊橋行。シングルアーム式パンタ搭載前の姿です。写真右手は豊鉄バスの駐車場。回送で到着したバスが、暫し休息する場所でした。D100No.14336・平成202008〕年312日(1515)撮影。
 
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 写真5枚目、踏切から撮影した4枚目写真に近い最近の光景。使用されることの無いレールの今後が気になるところです。柳生橋駅貨物ホームに貨車が停車していたことなど、昔の語り草になってしまいました。7DNo.9333・平成242012〕年41日(1319)撮影。
 
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 写真6枚目、JR東海道本線を背にして撮影した豊橋鉄道本社建物。田口線冊子原稿を携えて、初めて豊橋鉄道本社を訪ねたのは、平成182006〕年126日〔木〕のことです。写真右手緑色看板横の玄関からお邪魔致しました。職員さんの案内に従い2階建て建物の応接室へ入室。途中の経路が迷路の様な雰囲気で驚いたものです。あの日からでも既に6年が経過していますか!。7DNo.5345・平成232011〕年108日(1449)撮影。
 
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 写真7枚目、6枚目写真に近い最近の光景。この時点では、まだ柳生橋駅舎は存在しています。パワーシャベル後方に僅かながら柳生橋駅舎が確認出来ます。7DNo.78198・平成242012〕年224日(1523)撮影。
 
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 写真8枚目、JR東海道本線を背にして撮影。豊橋鉄道本社跡地には「パークベルクリニック」が建設されます。足場パイプを組んで掲げられた広告シートには、平成242012〕年91日開院予定と記されています。「豊橋パークベルクリニック」でネット検索。完成予定の立体イラストが掲載されていました。「5ケ月たらずの工期で、あれだけの設備を建造する!?」。7DNo.9338・平成242012〕年41日(1323)撮影。
 
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 画像9枚目、豊橋鉄道本社建物等が記載されたマピオン地図を残しておくことにしました。出入口と表記された赤色箇所が柳生橋駅舎。「パークベルクリニック」は産婦人科/小児科ですから、私がお世話になることはありません。検診に向う女性は、渥美線利用よりマイカー使用の方が多いのでは?。どの道路を利用しても、4箇所存在する踏切の1つは必ず横切る形になってしまいます。日本全国を探しても、この様な場所に位置する病院は皆無と思います。

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 私鉄車両めぐり<第2分冊>は、鉄道ピクトリアル 1962〔昭和37〕年3月号・臨時増刊 通巻128号として発刊されました。発刊された当時は中学生のため、新本として購入することはありませんでした。後にバックナンバーか古本屋で購入したものと思います。この中に、白井良和先生文責の豊橋鉄道(田口線・渥美線・市内線)が掲載されています。市内線車両は2軸単車が主力の時代で、ボギー車は三重交通神都線から譲り受けた3両のモ600形が活躍開始直後の時期になります。田口線も健在でした。
 渥美線にも2軸電車が在籍していましたが、眺めた記憶はありません。当時、最も大型電動車として、モ1200〔モ1201、1202→後のモ1600形〕が紹介されていますが、それでも全長は16,164mm。モ1300、モ1700が導入されるのは、私鉄車両めぐり<第2分冊>発刊以降のことのようです。私鉄車両めぐり<第2分冊>に紹介された渥美線車両の中で、僅かながらも撮影叶ったのが、今回お見せするモ681+ク2241編成です。P誌記載内容を原文のまま掲載することとします。

 モ680形(681)
 名鉄貴賓車SC3号のなれのはてで,昭2.11.29わが国私鉄最初の御召電車として,押切町−犬山橋間1往復,今上陛下御乗用の栄誉を得ている.昭23.1日車で大改造を受けたので,当時の面影はうすれているが,車内の細部にはまだ往時を偲ぶことができる.オーバーハングの大きい車両だったが,3年ほど前に改造されている.
 車両要目表より、形式:モ680・番号:681・定員:100・自重:23.24t・最大寸法(mm):13,748×2,640×4,281・電動機出力:65HP×4・歯車比:66:21・制御機:SME・台車:ブリル27MCB−1:製造年月及び製造所:大15名古屋電車製(昭23.1日本車輛改)・旧所有者:名鉄・

 ク2240形(2241)
 佐久鉄道キホハニ53が国鉄に買収後,キハニ40602からハニ40703となっていたが,昭19.6これを名鉄が購入,サ2241として瀬戸線で使用していた.ところが昭23.1.5 大森付近の急カーブで,スピードの出しすぎから浮き上がって脱線転覆,死者35名,重軽傷者154名を出してしまい,修理の後,昭24.5渥美線に投入され,そのまま当社に譲渡されたもの.昭29.10,2280形とともに制御車化された.もとは荷物室付であったため,非対称の3扉となっていたが,昭34,2扉に改造されると同時に自動扉化されている.
 車両要目表より、形式:ク2240・番号:2241・定員:70・自重:13.50t・最大寸法(mm):11,830×2,640×3,460・電動機出力:−・歯車比:−・制御機:SCE・台車:日車BB−75:製造年月及び製造所:昭6日本車輛・旧所有者:佐久→国鉄→名鉄・

 渥美線電車が、腰回り緑、窓回りクリームの塗り分けで活躍した頃のカラー写真は、高校生の頃、ハーフ判カメラで撮影したコマの中に少々記録されている程度です。田口線で活躍していたモ38が、廃線前の昭和41〔1966〕年、渥美線に転属。元愛知電気鉄道の特急車、後の名鉄3300系を譲り受け、モ1801+モ1851・モ1802+モ1852がデビューするのは、昭和42〔1967〕年。1800+1850編成から黄色に太い赤帯塗色が採用されました。以降、渥美線車両は、順次この塗色に塗り替えられています。モ38+モ681+ク2241、モ1801+モ1851+モ38といった編成で走行する時代もありました。車号もマチマチで、寄せ集め凸凹編成が活躍する楽しい時代でした。昭和43〔1968〕年11月1日、大改番。渥美線車両は、全長をベースにした形式に改番されました。例を挙げると、モ1801+モ1851+モ38→モ1801+モ1851+モ1713。モ681+ク2241→モ1311+ク2101といった具合です。

 写真は、高師駅のク2241+モ681豊橋行。ハーフ版カメラに入れてあったカラーポジフィルムを途中で抜いて、アサヒペンタックスSPに入れ直して撮影したカットでした。モ681+ク2241→モ1311+ク2101と改番されたものの、その後、使用されることなく廃車となっています。改番後の姿は、高師駅貨物側線で撮影したのみ。モ681はダブルルーフにZパンタを搭載。トラス棒を備えた木造車でした。相方のク2241共々、特異な経歴を保有する凸凹編成でした。田口線廃線と期を同じく消滅してしまった車両です。No.46−42・昭和43〔1968〕年8月19日(15:35)撮影。

 田口線が縁で、お知り合いになったN氏からメールが届きました。ブログを開設されたそうです。田口線沿線がゆかりの地で、田口線車両や今回写真のモ681+ク2241模型も製作されています。モデルは既に拝見しています。追い求めている鉄道車両は、実にマイナーな代物が多く、目を疑う様な海外の車両写真に驚きを覚えたものです。追々紹介されるものと思います。参考までにモデルのページを紹介させて頂きます。
http://heartland.geocities.yahoo.co.jp/gl/lundi2003n/view/20110413

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 平成23〔2011〕年1月8日〔土〕〜3月31日〔木〕の間で運転される「2011なのはな号」を少々撮影しました。新しく購入したキャノンデジタル一眼の試し撮りが主目的です。結果を眺めて、後日、出直そうと思っていました。渥美線の新豊橋〜小池間を撮影したのみでしたが、4年前に「新なのはな号」が初めて走行開始した当時とは随分様変わりしています。菜の花群生は、柳生橋駅周辺だけでも充分に楽しめます。「今年は、これでイイかなー」。

 写真1枚目、箱から取り出した真新しいEOS 7Dボディーに、中古EF 35−350mm 1:3.5−5.6を装着。“日の出カメラ”付近から撮影した東八町交差点の市内線モ3203旧塗装車。使い勝手が分からないままテスト撮影させて貰いました。何とか使えそうなので、この中古レンズも購入することにしましたが、あまり使用することのないレンズと思っています。この画像の輪郭を取り出しプリントアウト。これをCAD変換ソフトで読み取れば、この車両の正面図が作図可能です。長い焦点距離のレンズが欲しい理由の1つです。7DNo.1−14・平成23〔2011〕年3月5日(16:52)撮影。

 写真2枚目、渥美線柳生橋駅を発車する1802F〔モ1802+モ1812+ク2802〕三河田原行。東海道本線をオーバークロスする築堤に、これ程の菜の花が植えられていたとは知りませんでした。写真左下の看板、「渥美線を菜の花ラインに……… 豊橋鉄道では、渥美線沿線用地を 100万本を超える菜の花畑に整備しています。 1月から3月にかけて車窓から眺める 満開の菜の花をお楽しみください。 豊橋鉄道グリーン委員会」と表記されています。7DNo.3−97・平成23〔2011〕年3月6日(13:47)撮影。

 写真3枚目、小池〜柳生橋間、築堤を駆け上がる1807F〔モ1807+モ1857+ク2807〕「2011なのはな号」三河田原行。7DNo.3−103・平成23〔2011〕年3月6日(14:02)撮影。

 写真4枚目、豊橋鉄道本社建物、柳生橋駅舎回りにも菜の花が植えられています。東海道本線の踏切越しに撮影した渥美線1804F〔モ1804+モ1854+ク2804〕「元々なぎさ」三河田原行。7DNo.3−108・平成23〔2011〕年3月6日(14:17)撮影。

 写真5枚目、広角域を使用して撮影。小池駅での列車交換。1801F〔モ1801+モ1811+ク2801〕三河田原行と1807F「2011なのはな号」新豊橋行。7DNo.3−123・平成23〔2011〕年3月6日(15:19)撮影。

 写真6枚目、小池駅ホームにて。正面窓回りが緑色で強調された1807F「2011なのはな号」三河田原行。ヘッドマークには「渥美半島菜の花まつり開催中 2011 なのはな号 2011.1.8→2011.3.31」と表記。7DNo.3−142・平成23〔2011〕年3月6日(15:49)撮影。

 写真7枚目、小池駅付近で到着する電車を待っていた時、サイレンを鳴らして田原街道を救助工作車が高師方向へ走り去りました。小池からの帰り道、前方に中消防署へ戻る先程の救助工作車を確認。左折したこの車両に付いて行き、スクーター走行中に右手で撮影したのが、この写真です。新同EF−S 18−135mm 3.5−5.6レンズには、手ブレ防止機能が備わっているようですから咄嗟に試してみました。左手のみでも撮影出来るよう少々訓練してみようと思っています。7DNo.3−146・平成23〔2011〕年3月6日(16:01)撮影。

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 豊橋鉄道渥美線で、「渥美線サイクルトレイン」の試験運行が実施されています。
 実施期間は、平成22〔2010〕年4月29日〜5月9日の土曜・日曜・祝日の8日とありますので、ゴールデンウィークの4月29日・5月1〜5日・8日・9日に限り運転されます。実施列車は、新豊橋発9:00〜15:15の列車。三河田原発9:02〜15:17の列車となっています。上下各26本の列車が「サイクルトレイン」として走行します。注意書きとして、「新豊橋〜愛知大学前間については、4/29(祝)・5/1(土)・5/2(日)・5/8(土)の一部の時間帯で混雑することが予想され、自転車の乗車を制限させていただく場合がありますのでご了承下さい」とありました。NHKのニュース番組で、初日、自転車10台を持ち込んだ車内の映像を眺めました。民放3社でも取り上げられたようです。
 5月2日の日曜日、「渥美線サイクルトレイン」の状況を眺めるため、三河田原まで1往復を乗車してきました。普段は外から撮影するのみの渥美線。この日ばかりは車内の様子を知るため、初めて1日フリー乗車券を購入しています。全て、平成22〔2010〕年5月2日の撮影です。

 写真1枚目、新豊橋10:37到着、上りモ1808サイクルトレインから降車する、自転車持ち込み母子さんの3人連れ。DNo.393−19・(10:37)撮影。

 写真2枚目、新豊橋を10:45に発車する、下りモ1810〔緑編成〕サイクルトレインの車内。中央乗降扉から三河田原側が、自転車持ち込み可能なエリアです。鎖1本で仕切られいます。自転車の利用状況を調査するため、豊鉄職員さんが乗車していました。案内係も兼ねています。「運転台越しに前方を撮影したいから、前へ行ったらマズイですか?」と職員さんに質問。「自転車持ち込みのお客さんのスペースですから…」と言われました。結局、新豊橋駅での自転車持ち込みはありませんでしたので、自転車エリアも一般客に開放し発車しています。以降、三河田原までの間、運転台後方から前方を眺めて乗車しています。途中駅で自転車を持ち込む乗客の姿を眺めることはありませんでした。DNo.393−22・(10:39)撮影。

 写真3枚目、三河田原駅のモ1808。窓内側に「サイクルトレイン」と表記されたステッカーが貼られています。この車両も自転車持ち込み乗客の姿はありませんでした。DNo.393−78・(11:40)撮影。

 写真4枚目、三河田原へ到着したモ1807〔元々なのはな編成〕から降車した自転車持ち込み乗客2名さん。DNo.393−109・(12:05)撮影。

 写真5枚目、三河田原駅の改札口。モ1810〔緑編成〕サイクルトレインに、自転車持ち込みの父子さん2人が乗り込みました。初日に持ち込まれた自転車は100台程。この日も、これまで50台程と職員さんは話していました。期待外れの数値のようです。単純計算すれば、1列車2台ということになります。実際に眺めた感じも、1列車0〜3台といった印象でした。DNo.393−152・(13:07)撮影。

 写真6枚目、三河田原駅から神戸〔かんべ〕駅まで1区間を歩きました。15:04神戸発、上り新豊橋行モ1810〔緑編成〕サイクルトレインに乗車。子供用自転車を含めて、6台の自転車が持ち込まれています。次の列車がサイクルトレインの最終列車です。DNo.393−206・(15:09)撮影。

 写真7枚目、愛知大学前付近、モ1810〔緑編成〕サイクルトレイン車内。この先、サイクルトレインが運転されることになった時、「自転車持ち込みで、三河田原まで撮影に出向くのも良いかも…」などと思っておりました。前後輪のスポークが10本程無くなった上、錆びが浮いている我ママチャリは、恥ずかしくて、とてもこのエリアに持ち込める代物でない事を実感しました。DNo.393−222・(15:31)撮影。

 写真8枚目、新豊橋駅に到着したら、自転車で賑やかなプットホームの様子を撮影しようと思っていたところ、3台の自転車は小池で降りてしまいました。新豊橋到着後は通常運行に戻りますので、柳生橋を発車すると、車内の片付け開始。窓に貼られたステッカーもチェーンも外されます。新豊橋駅ホームで最終サイクルトレインの到着まで待ちましたが、最終列車に自転車の姿はありませんでした。DNo.393−225・(15:33)撮影。

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 今年で3回目の運転になる「新なのはな号」。昨年は強風の影響で撮影を断念。菜の花入れての「新なのはな号」を撮影出来ませんでした。今年は、「2010なのはな号」運転終了間近の3月28日〔日〕、何とか撮影が叶いました。昨年まで走った「新なのはな号」は1805編成が割り当てられています。それに対して、1807編成は従来の「なのはな」です。それで1807編成を「元々なのはな」と表記しています。今年は1807「元々なのはな」編成が、ラッピングを変更して「2010なのはな号」に変身していますので、2編成の「なのはな」が共存することはありませんでした。今年の「2010なのはな号」HMの表記は、“2010 なのはな号 渥美半島菜の花まつり 2010.1.9→3.31”と表記されています。昨年までの“なのはな”と異なり、今年のHMは“なのはな号”に変更されています。「元々なのはな」と、毎年微妙にデザインが変更される「期間限定なのはな」。「なのはな」表記には、「なぎさ」同様、毎年悩まされます。

 写真1枚目、緑色1810Fは、高師車庫留置の状態を確認して芦原駅へ向いました。最初に撮影したのが、この並びです。写真左は1804F「元々なぎさ」の新豊橋行。写真右手が1807F「2010期間限定なのはな号」。DNo.382−72・平成22〔2010〕年3月28日(11:41)撮影。

 写真2枚目、老津駅に進入する1804F〔モ1804+モ1854+ク2804〕「元々なぎさ」三河田原行。桜が満開になるのは間も無くです。DNo.382−96・平成22〔2010〕年3月28日(12:36)撮影。

 写真3枚目、老津〜大清水間、1807F〔モ1807+モ1857+ク2807〕「2010なのはな号」三河田原行。老津駅の大清水寄りには、使用することの無いヤードが存在します。「ヤードの場所に菜の花が咲いている」と、先日、知人から電話を貰いました。電話のみでは状況が理解出来ませんでした。いざ現地に立ってみると、3本に枝分かれしたレールとレールの間に菜の花が植えられた状態です。改めて眺めると線路・継ぎ目板共々、真っ赤に錆び付いて、枕木は、原形を留めない程腐食が進んでいる箇所も確認出来ました。DNo.382−118・平成22〔2010〕年3月28日(13:35)撮影。

 写真4枚目、やぐま台〜杉山間、1803F〔モ1803+モ1813+ク2803〕新豊橋行。DNo.382−132・平成22〔2010〕年3月28日(14:25)撮影。

 写真5枚目、杉山〜やぐま台間、1802F〔モ1802+モ1812+ク2802〕三河田原行。DNo.382−164・平成22〔2010〕年3月28日(15:57)撮影。

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