連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

豊橋鉄道市内線

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 平成212009〕年8月、「夏休み豊鉄市内電車イベント」が初めて企画され、8202227日と3日の運転予定が発表されました。『「市内電車の自由研究」を下記の日程で行います。日本一のカーブ体験や車庫での運転体験に加えて、新市内電車「ほっトラム」の車内見学も行います。夏休みに市内電車で自由研究をしよう!』
 
 今年の豊橋鉄道さんHPによれば、「夏休み豊鉄市内電車イベント」→市内電車小学生向け夏休みイベントについて。「市内電車の営業所見学と運転体験」。■開催日:平成27820日(木)のみとなっております。
 
 企画当初と比較すれば、6年経過後の現在は少々先細りしてしまった感は否めません。「市内電車の自由研究」なる表記も使われなくなってしまいました。少子化により児童数は減少の一途、反面、高齢者が増加している昨今。「市内電車小学生向け夏休みイベント」とは別に「市内電車高齢者向け夏休みイベント」でも考えてくれませんかねー。童心に戻って乗車してみたいです。所詮、無理な話でしょうが…。
 
 「夏休み豊鉄市内電車イベント」で走ったモ3202「豊橋けいりん号」、2年前に撮影した画像を並べておきます。デジカメ画像の名称付け、2年遅れで先日終了したばかりです。この年、運転予定日は88日〔木〕と10日〔土〕の2日でした。
 
 
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 写真1枚目、駅前電停を1000に発車して最初の目的地、競輪場前側線へ向かうモ3202「豊橋けいりん号」貸切イベント電車。乗車可能な条件は、小学36年生の児童+付き添いの親御さん達です。東八町電停より東八町交差点通過シーンを撮影。7DNo.26518・以下全て、平成252013〕年810日撮影。1013撮影。
 
 
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 写真2枚目、競輪場前電停を右手に眺めながら側線へ入るモ3203貸切イベント電車。側線で下車した参加者の皆さんは、市内線営業所へ入り【制御盤の仕組み・アルコールチェッカー体験・運賃箱の仕組み】等を学んだようです。7DNo.265241020撮影。
 
 
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 写真3枚目、側線留置モ3203貸切イベント電車と競輪場前電停到着モ783「アドバン号」運動公園前行。モ3203「豊橋けいりん号」の写真右隣が市内線営業所。7DNo.265421032撮影。
 
 
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 写真4枚目、参加者皆さんを再び乗車させ競輪場前側線を出るモ3203貸切イベント電車。向かう先は東田坂上の渡り線です。側線到着から側線発車までの間は50分程でした。部外者は、ひたすら待つのみ。7DNo.265761104撮影。
 
 
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 写真5枚目、東田坂上電停東側に位置する渡り線で折り返すモ3203貸切イベント電車。イベント内容の1つが【東田坂上渡り線体験】。7DNo.265831107撮影。
 
 
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 写真6枚目、東田坂上渡り線で折り返し、井原交差点を右折するモ3203貸切イベント電車。運動公園前を目指します。【井原交差点のR11〔日本一の急カーブ〕体験】もイベント内容に謳われています。7DNo.265951115撮影。
 
 
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 写真7枚目、運動公園前電停のモ3203貸切イベント電車。続行運転でモ785「東和マンションセンター号」が到着。モ785が発車すると、追い掛ける形でモ3203貸切イベント電車も発車します。【井原交差点のR11〔日本一の急カーブ〕体験】再び。7DNo.2651021118撮影。
 
 
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 写真8枚目、モ785「東和マンションセンター号」続行で東田坂上に向かったモ3203貸切イベント電車は、またまた東田坂上渡り線で折り返し。モ785にはサヨナラして、今度は「ほっトラム」を従えて赤岩口を目指します。【東田坂上渡り線体験】再び。7DNo.2651111131撮影。
 
 
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 写真9枚目、赤岩口到着間近、モ3202貸切イベント電車。赤岩口電停より撮影。僕達数名は運転台被り付きです。7DNo.2651241140撮影。
 
 
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 写真10枚目、赤岩口線路末端へ移動。再び折り返す形で赤岩口車庫へ入庫するモ3202貸切イベント電車。7DNo.2651351142撮影。
 
 
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 写真11枚目、赤岩口車庫1番庫前へ到着したモ3202貸切イベント電車。2番庫前はモ801「パト電車」。3番庫前はモ3203「納涼ビール電車」。赤岩口車庫では【赤岩口車庫見学と各体験→ビール電車内で昼食・ピット体験・案内放送、扉開閉操作等の運転台体験・そして運転体験】といった内容が盛り込まれております。7DNo.2651391143撮影。
 
 
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 写真12枚目、赤岩口車庫4番線を使用しての運転体験。使用車両はモ3502「ヤマサちくわ号」。7DNo.2651791309撮影。
 平成272015〕年520日〔水〕18時より、岩田運動公園内の豊橋市民球場で今年も年に1度のセ・リーグ公式戦が開催されます。『東海ラジオ ガッツナイター2015 セ・リーグ公式戦 中日VS広島』。
 
 7月までは、15%アップの自動車税支払い+自動車・スクーター保険料更新+車検と出費が続きます。観戦したくとも観戦する余裕はありません。今年も夕方、市民球場を1回りして自宅へ戻り、テレビ観戦で我慢します。
 
 2年前の公式戦当日、撮影したデジカメ画像の名称付けが最近やっと終了しました。この日の写真でも並べてみます。既に当時の事は忘れまてしまいました。改めてネット検索することに…。
 
 豊橋市民球場の収容能力は15895人(内野8395人・外野芝生7500人)。平成252013〕年72日〔火〕、当日の「広島×中日」戦の観客数は10086人。延長12回、広島85中日という結果のようです。
 
 
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 写真1枚目、井原交差点を右折して市民球場へ向うNHK豊橋支局の中継車。7DNo.2584・以下全て、平成252013〕年72日撮影。(1629)撮影。
 
 
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 写真2枚目、井原交差点を右折して市民球場へ向う中京テレビの中継車サイドビュー。7DNo.2588・(1632)撮影。
 
 
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 写真3枚目、井原交差点を右折して運動公園前電停へ向うモ3501「サーラ号」。続行のモ3502「ヤマサ号」も運動公園前へ向います。7DNo.25836・(1651)撮影。
 
 
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 写真4枚目、井原交差点を右折して運動公園前電停へ向うモ3502「ヤマサ号」サイドビュー。乗客多くの皆さんは市民球場を目指しているのでしょう。7DNo.25846・(1652)撮影。
 
 
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 写真5枚目、井原電停へ到着した赤岩口行モ782「カスタムハウジング号」から下車した乗客。これから600m程電車通りを歩いて市民球場を目指すものと思います。運動公園前電停からモ3502「ヤマサ号」が井原へ戻って来ました。7DNo.25850・(1658)撮影。
 
 
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 写真6枚目、井原交差点を右折して岩田運動公園へ向う豊鉄バス。路面電車だけでは野球観戦の人々を輸送し切れませんのでバスもお出ましです。7DNo.25871・(1706)撮影。
 
 
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 写真7枚目、愛知県警のパトカーも井原交差点を右折して岩田運動公園へ向かうものと思います。写真後方のLRV「ほっトラム」は、井原交差点の急カーブを曲がれませんので交差点を直進して赤岩口終点へ向かいます。7DNo.25879・(1711)撮影。
 
 
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 写真8枚目、岩田運動公園には広い駐車場が完備されていますが、セ・リーグ公式戦当日、一般車両の駐車は規制され、バスの待機場として使用されます。写真は、偶然通過したマツダキャロルの後ろ姿。「今だ現役ですか!!。感動ものです」。7DNo.25890・(1714)撮影。
 
 
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 写真9枚目、井原交差点を右折して岩田運動公園へ向う豊鉄バスの後ろ姿。派手なラッピングで『「花祭」を世界遺産に!!』とアピール。7DNo.258118・(1730)撮影。
 
 
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 写真10枚目、井原交差点を右折して運動公園前電停へ向うモ3201「ブラックサンダー号」。赤岩口からやって来て駅前へ向うのはモ785「東和マンションセンター号」。その続行はモ3504「県民共済号」回送。7DNo.258125・(1735)撮影。
 
 
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 写真11枚目、「ブラックサンダー号」の続行として井原交差点を右折するモ783ADVAN号」。2両の運動公園前行が右折し終えるまで、赤岩口からやって来た2両の駅前行電車は停車したままです。7DNo.258127・(1736)撮影。
 
 
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 写真12枚目、豊橋市民球場脇に駐車していたのは、カープトラック「一軍用具輸送車」。平成232011〕年127日に報道陣に公開された車両だそうです。デビーして1年半程後に撮影したことになります。中日ドラゴンズの対戦相手が他球団であれば、豊橋へ来ることのない車両です。昨年も「中日VS広島」でしたが、運動公園には出向きませんでした。今年、雨が降らなければ、今度は、この車両の背面も撮影してみたいものです。7DNo.258192・(1819)撮影。
 フィルムカメラの撮影記録清書は、昭和46年で止まったまま。デジカメ画像の名称付けは、110ヶ月遅れ。2年近く経過してしまうとデジカメ撮影当時の記憶も曖昧になってしまいます。
 
 そこで、最近の行動を記述してブログの残しておこうと思ったのですが、字数が増えてしまったため断念。これとは別にテレビ番組を録画してBD−Rへの書き込み作業を続けているのですが、未処理のディスクばかりが増えてしまい、撮影画像の後始末まで手が回りません。当面は思い立った時にのみブログを更新します。ご容赦を。
 
 平成272015〕年331日〔火〕、電気代金払い込みのため岡崎信用金庫へ出向きました。信金に置いてあった東愛知新聞を眺めると、昭和40年代の街並みをジオラマで再現した「旧豊橋駅ジオラマおひろめ展」が“こども未来館ココニコ”で45日までと表記されておりました。更に豊橋鉄道田口線ジオラマも展示されているようです。豊橋鉄道田口線ジオラマは、田原市博物館の「三河田原駅開業90周年企画展」で眺めましたが、館内撮影禁止であったため撮影は叶わず。今度は撮影してみましょう。
 
 平成2743日〔金〕、帰省中の息子にワゴン車の運転を任せ“こども未来館ココニコ”へ出向きました。曰くありの豊橋鉄道田口線ジオラマに関しては、また別の機会とし、“Nゲージ天国”店主さんが製作したジオラマを撮影しましたので、この時の画像を並べてみます。
 
 
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 写真1枚目、駅前電停に立って撮影したモ701市民病院前行。『昭和441969〕年515日、駅前−市民病院前間運転休止』とありますから、撮影から7ヶ月後には、この光景は撮影不可能になってしまいました。写真後方に写る豊橋丸物デパートに関して、ウィキペディアの記事を拝借することにします。
     昭和61931〕年−豊橋市広小路にあった「物産館」を「豊橋丸物」とし、豊橋初の百貨店として開店
     昭和251950〕年−戦後の区画整理により駅前大通に移転
     昭和481973〕年−店舗拡張に関する考えの相違から丸物を離れ、西武百貨店と提携し「豊橋西武」に商号変更
     平成152003〕年810日−閉店
欲しくてしょうがなかったペンシルバニア鉄道GG−1ブリキのおもちゃは、小学校低学年の時、丸物デパートで親が660円で買ってくれました。しかし、東京で下宿生活していた間にGG−1おもちゃは母親に捨てられてしいました。未完成であったHOレイアウトも裏の物置に移動。雨に濡れてしまったため結局は解体。「クソー、余計なことばかりしおって!!」。No.5210・昭和431968〕年1016日(1547)撮影。
 
 
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 写真2枚目、“こども未来館ココニコ”で撮影したジオラマの豊橋丸物百貨店。以前展示された時にも撮影してありますが、今回は1枚目写真に近いアングルで撮り直してみました。7DNo.443117・以下全て、平成272015〕年43日撮影。(1544)撮影。
 
 
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 写真3枚目、写真左下、焼ける前の窓無し豊栄デパート【昭和441969〕年26日火災→豊橋に梯子車導入の切っ掛けになった火災では…?と勝手な解釈をしております】も入れて撮影。ジオラマで表現された画像内の軌道、現実では後に全てが消滅してしまいます。この軌道を黄色に太い赤帯塗装のワンマンカーが走ることはありませんでした。7DNo.443128・(1552)撮影。
 
 
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 写真4枚目、走行中Nゲージ車両の流し撮りにトライ。「これが中々難しい」。7DNo.443136・(1559)撮影。
 
 
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 写真5枚目、“Nゲージ天国”店主さんのお話では、手を切って、厳しい納期で新たに製作したモジュールだそうです。これらジオラマは全て市に売却済。「今後は、どの様に取り扱われるのでしょう?」。7DNo.443138・(1601)撮影。
 路面電車で最初にワンマン運転を実施した路線は、名古屋市電の下之一色線。実施は、昭和291954〕年2月からとあります。
 
 豊橋鉄道市内線、柳生橋支線のワンマン運転開始は、昭和351960〕年128日より。初めて柳生橋支線を撮影した時には、既に単車ワンマンカーが走行しておりました。2両の単車が、新川と柳生橋を同時?に発車して途中の中柴電停ですれ違う運転でした。本線で活躍していたモ702〔後にモ3702に改番〕とモ704〔後にモ3704に改番〕の2両をワンマン化改造。柳生橋支線専用ワンマンボギー車として投入されたのは、昭和421967〕年126日。中柴電停のすれ違い設備は撤去され、ボギー車1両のみのピストン運行に変わってしまいました。ボギー車によるワンマン運転は、運転最終日の昭和511976〕年36日までの8年強ということになります。私にとって柳生橋支線は、モ3702orモ3704のどちらかが、新川と柳生橋の間を行きつ戻りつを繰り返していた路線といったイメージが強いです。
 
 番外として、車掌さんが乗務したボギー車が柳生橋支線を走るシーンを2日撮影しています。昭和441969〕年111日と、昭和441969〕年116日のことでした。111日はモ3803116日はモ3801でした。数少ない珍しい光景を撮影出来たと思っております。今になって考えると、モ3702orモ3704の何れかが全般検査で、別の1両は検査日であったと思われます。となれば、2日だけではなかったということになります。年配マニア氏の話からモ3800形以外の車両が、車掌さん乗務で柳生橋支線を走ることはなかったようです。
 
 白黒現像を失敗したフィルムのカットをお見せ致します。父親が購入した現像タンクでフィルム現像しています。当時はフィルムを巻き込むのにベルトを使用しました。ベルトの両端が凸凹していて、ベルトとフィルムが重ならない構造です。ベルトにセットしたフィルムを現像タンクに収めて現像液を流し込むのですが、撹拌不足であったのでしょう。空が縞模様になってしまいました。「これもカラースライドに期待するしかない」と思った写真です。スキャナーで取り込んで、レベル補正したことで、縞模様は、少々誤魔化せたかも…。
 
 
 
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 写真1枚目。柳生橋電停のモ3803。白黒No.76A−111112)・以下全て、昭和441969〕年111日撮影。1206撮影。
 
 
 
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 写真2枚目。同じく柳生橋電停のモ3803。豊橋鉄道渥美線の踏切を背にして撮影しています。白黒No.76A−121213)・1206撮影。
 
 
 
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 写真3枚目。渥美線踏切、東海道本線踏切をバックに撮影した柳生橋電停のモ3803。何故か、この日のモ3803にはサボが入っておりませんでした。白黒No.76A−131314)・1215撮影。
 
 
 
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 写真4枚目。柳生橋を発車して新川へ向うモ3803。白黒No.76A−151516)・1227撮影。
 前回に続いて、豊橋鉄道柳生橋支線絡みの白黒写真を掲載することにします。
 
 今年、平成262014〕年101819日で開催された“豊橋まつり”は第60回。今回紹介する画像は、45年前の第15回“豊橋まつり”当日に撮影したカットです。花電車は写っておりません。走行していなかったハズです。
 
 東京から当地へ戻って間も無く22年になります。東京での生活は23年間。東京で仕事していた頃は、“豊橋まつり”当日、実家へ里帰りすることもありませんでした。ですから“豊橋まつり”の変遷は良く知りません。昔の“豊橋まつり”では多くのアドカーがパレードしておりましたが、昨今は人様がパレードする形態に様変わりしてしまいました。
 
 “豊橋まつり”の時節、小学生時は単車に装飾を施した花電車を眺めたものです。高校時代にハーフ判カメラでカラー撮影した花電車はボギー車でした。今にして思えば、アドカーの路面電車版。装飾の仕上がり具合は、スポンサーのセンスによりマチマチ。ところが、市内線ボギー車腰板部分に大きな広告を書き込んでしまってからは、スポンサーへの配慮のためか、花電車なるものは走行しなかったと思います。柳生橋支線が廃線。働き場を失ったモ3702はワンマン化改造されていることもあり東田本線で広告電車として活躍。その後、腰板広告を消して側面赤帯は復活したものの赤帯箇所には文字が書き込まれてしまいました。この状態のモ3702に装飾を施したのが、“豊橋まつり”花電車復活であったと思います。
 
 
 
イメージ 1
 写真1枚目。新川電停安全地帯から撮影したモ3703東田坂上行。この頃、終点赤岩口周辺は草っ原や農地が存在する僻地でした。この年の515日、駅前−市民病院前間は運転休止。駅前電停の位置は変わってしまいます。写真左手がパレードするアドカーの車両群。丸栄百貨店〔現:ほの国百貨店〕はまだ建設されておりません。駅前に近い写真奥の歩道橋〔現在は撤去〕は見物客で溢れています。国鉄バスも走っておりました。白黒No.632626)・昭和441969〕年1019日(1055)撮影。
 
 
 
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 写真2枚目。柳生橋支線の新川電停到着間近、モ3704ワンマンカー後追いカット。写真右手後方、モ3800形には車掌さんが乗務していた時代です。更に後方の歩道橋も現在は撤去されています。田原街道を走ってきたアドカーは新川交差点を左折して駅前方向へ向います。貸衣装店“マルキチ”さんのアドカーが確認出来ます。後続のオープンカーに乗車する女性は、“マルキチ”さんが用意したウエディングドレスを纏っているのでしょう。この画像を取り込むまで、“清水銀行”の存在を知りませんでした。静岡市に合併したことで清水市は消滅してしまいましたが、豊橋の“清水銀行”さんは健在です。運転免許を取得して40年以上。“清水銀行” 横〔2辺〕を何度も走っておりますが、“清水銀行”の存在には全く気付きませんでした。白黒No.632929)・昭和441969〕年1019日(1122)撮影。
 
 
 
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 写真3枚目。柳生橋支線、アドカー横目に中柴〜新川間を走行するモ3704ワンマンカー柳生橋行。腰板広告無しのモ3700形ワンマンカーは、それ程、撮影してありません。アドカーは市内の主要道路を広範囲にパレードするため、ルート図などが配布されたものです。“ハイショップ名豊”のアドカーは、車両の原型が分かりません。アドカー右側面に描かれた文字の表記は、右書きが多かったと思います。白黒No.633030)・昭和441969〕年1019日(1125)撮影。

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