架線柱に掲出された電停名、1120号と平行に近い電停表記は「文知摺通」。写真左隣には「?保電鉄前」と表示されています。「○○電鉄前」なる駅名は、福島交通軌道線〔飯坂東線〕・飯坂西線には存在しません。拡大してみると「秋保電鉄前…?」。秋保〔あきう〕電鉄は、仙台の長町と秋保温泉間16kmを結んだ電車線であったのですが、昭和36〔1961〕年には廃線。秋保電鉄に「秋保電鉄前」なる駅名は存在しませんでした。「ひょっとして仙台市電には…?」。仙台市電にも「秋保電鉄前」なる電停はありませんでした。理解に苦しむ電停名、何故ここの架線柱にくくり付けてあるものか判断しかねます。写真奥へ福島行1120号が発車すると、次の電停は「日赤病院前〔交換可能〕」。撮影者の背中側は「松川橋グランド前」です。「文知摺通」と表記されたプレート脇には、「祓川」、「松川橋グランド前」と小さく表示されています。「祓川」→「日赤病院前」と改名したもののプレート文字は変更しないまま使用していたものと思います。「?保電鉄前」の裏側プレート表記は「文知摺通」〔別画像で確認〕のみになっています。白黒No.253−17(16)・昭和45〔1970〕年10月29日(9:33)撮影。
|
掛田から乗車した1106号は、福島駅前を発車すると梁川行として戻って来ました。向って来るところを1枚パチリ。振り返って撮影したのが、このカットでした。写真右手に写るデパートが“中合デパート”と思っておりました。改めて軌道線写真を確認したところ、“中合デパート”は写真右手建物の奥、道路を隔てた東側に店名看板が掲げられています。「すると、デパートと思われる写真右手の建物は何?」。ご存知の方にご教示を請う次第です。煙突の下には、「さよならチンチン電車」と表記された看板が設置されています。「記念品即売会 4月3日より 1階」・「さよならチンチン電車展 4月6日→11日 5階催し場」・「電車部品即売会 4月27日→5月3日 1階特設コーナー」・「チンチン電車写真展 4月27日→5月3日 階段ギャラリー」の4項目が記載されています。“中合デパート”の別館なのでしょうか?。鉄道ファン誌で紹介された写真の中には、写真右手建物屋上から撮影されたカットも掲載されておりました。お顔が確認出来る女性の皆さん方、撮影当時の私と歳も近いと思っております。女性ライダーさん、現在はお孫さんをサイドカーへ乗せて走り回っているのかも?。43年以上前の撮影です。白黒No.396−5(25)・昭和46〔1971〕年3月28日(17:22)撮影。
|
白黒No.253−5(4)・昭和45〔1970〕年10月29日(7:02)撮影。
|
白黒No.388−19(1)・昭和46〔1971〕年3月26日(13:21頃)撮影。
|