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東京急行電鉄の前身、目黒蒲田電鉄。池上電気鉄道から引き継いだモハ100形モハ101〜105と、モハ200形モハ201〜203を、それぞれモハ120形モハ121〜125、モハ130形モハ131〜133と改番。東京急行電鉄が設立された時点で、これらの車両はデハ3250形デハ3251〜デハ3258へとさらに改番されています。池上線内でしか使用されなかったようです。新たな車両の投入により、これらデハ3250形8両は他社へ譲渡されています。静岡鉄道へ2両。京福電鉄福井支社へ4両。庄内交通へ2両。東急デハ3258→庄内交通デハ101。東急デハ3253→庄内交通デハ103。
庄内交通における、デハ101の使用開始が昭和22年。デハ103の使用開始は昭和23年となっています。デハ101はアルミ窓に改造されていますので、デハ103に比較すると、やや近代的な感じを受ける車両でした。〔以上は、鉄道ピクトリアル 私鉄車両めぐり第8分冊、金沢二郎氏による庄内交通鉄道線記事を参照〕
写真1枚目、湯野浜温泉〜七窪間を走行するデハ101+デハ103の2連。庄内交通は、日本海をバックに撮影出来る数少ないローカル私鉄線でした。写真右手駐車場のバスは、山形交通。No.422−11・昭和47〔1972〕年5月26日(8:00頃)撮影。
写真2枚目、七窪〜善宝寺間を走行するデハ103。写真右手S字カーブの上方が善宝寺駅。北大山駅から善宝寺駅に向う電車が肉眼で確認出来ました。1枚目写真同様、庄内交通を代表する撮影ポイントでした。高性能な双眼鏡を携帯していれば、鶴岡付近までが見渡せるような場所でした。No.422−28・昭和47〔1972〕年5月26日(12:00頃)撮影。
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