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昭和43〔1968〕年8月31日限りで廃線となった豊橋鉄道田口線。今年で廃線から40年を迎えます。電車が走行した期間が40年弱でしたので、廃線後の時代の方が長くなってしまいます。 |

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昭和43〔1968〕年8月31日限りで廃線となった豊橋鉄道田口線。今年で廃線から40年を迎えます。電車が走行した期間が40年弱でしたので、廃線後の時代の方が長くなってしまいます。 |
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高速道路を走行中、“馬匹輸送”と表示され、小窓を装備したバスのようなトラックを時折見掛けることがあります。競走馬を競馬場まで移送する特注専用トラックのようです。「お馬さんは、どの様な気持ちで乗車している?」と思ったりするものです。“馬匹”→読みは“ばひき”が多いようですが、“ばひつ”とも読まれるようです。 |
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トラックバックにエントリーしたものの、中々ままなりません。 鉄道趣味誌を長年購入していますが、豊橋鉄道田口線だけは、カラー写真の発表がありませんでした。そこで保有している180枚弱のカラー写真全てを並べれば、田口線の全線の雰囲気が紹介出来るものと考えてトライしたのが、「青春のアルバム 豊橋鉄道田口線 総天然色、連写2眼の元祖!」でした。印刷以外の事は、全て自分自身で処理しました。カラー印刷、シャドー部が潰れてしまった事が残念でなりません。当初は自分の写真のみで、100頁程を考えていたのですが、田口線沿線の方々からお借りした写真を掲載したため、200頁という結果になってしまいました。 人生最初で最後の大博打。リスクは大でしたが、冊子という形に仕上げたことに悔いはありません。 田峯、新竹桑田橋から長原前間の廃線跡、使用されないまま放置され、40年がまもなく経過します。橋梁が2ヶ所。トンネルも2本残っています。1本は全長332.54mの第一清崎隧道です。もう1本が全長118.26mの第二清崎隧道。1km程の距離ですが、あの間にレールを復活させたい!! 叶わない夢でしょうが。 「田口線を語り継ぐ一冊。」として、ネコ・パブリッシング社のご好意で紹介してくれたものです。 写真は、トキ17340を牽引して三河海老に到着したモ37が、側線のロチキ3140を引き出すところです。乗客を乗せたまま編成替えをして、この後、混合列車として本長篠へ向って三河海老を発車して行きました。No.46−30・昭和43〔1968〕年8月18日(12:36)撮影。 平成21〔2009〕年8月28日追記:
愛知県豊橋市仲ノ町99 小早川秀樹 0532−63−7344 hideki_kobayakawa@yahoo.co.jp |
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豊橋鉄道田口線に初めて乗車したのは、昭和40〔1965〕年正月、中学生時代に北設楽郡清崎の同級生を訪ねた時です。時は流れて37年。平成14〔2002〕年9月16日、田口線廃線跡の調査に出掛けました。この時、どうしてもお邪魔したいお宅が、清崎の食堂“平松屋さん”でした。三河海老駅で撮影した電車横の人物が、夏目友治さんか否かを確認したかったからです。暖簾を片付けようとしていた夏目節子さんにお願いして写真を見て頂きました。「主人です。主人は4年前に亡くなりました………」 |
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田口線冊子作成に当り、最も頭を悩ませたのは「仏法僧」でした。「仏法僧」・「ぶっぽうそう」・「ブッポウソウ」・「コノハズク」の言葉使い分けが理解出来ないと、旧鳳来町の道路案内板が「コノハズク」であることを説明できませんでした。 |
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