連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

名古屋鉄道

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 前回記述した通り、岡崎で記憶に残る思い出は10代の頃ばかりです。以降、電車に乗車しても車で走行しても岡崎は通過するだけの街でありました。平成282016〕年110日〔日〕、岡崎乙川河川敷で開催された消防出初式に出向いたことで、初めて乙川の鉄橋を走行する名鉄車両の撮影が叶いました。
 
 名鉄名古屋本線の撮影は、もっぱら豊橋周辺ばかりです。あとは名鉄特急を利用して下車した駅で少々撮影した程度です。電車を利用して名古屋本線途中区間の撮影に出向いたことは記憶にありません。名古屋市電が全線廃止。これで名古屋の街へ向かう理由は消滅してしまいました。600V線が廃止になってしまった岐阜に関しても同じです。名鉄を利用する機会がなくなってしまいました。
 
 出初式終了後、乙川左岸堤防道路の踏切から乙川橋梁渡る名鉄車両を暫し撮影しましたが、昨今の名鉄車両形式は全く分かりません。撮影したカットの中から“パノラマスーパー”絡みの写真を並べることとします。
 
 
 
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 写真1枚目、豊橋駅から東岡崎駅まで乗車したのは特急岐阜行。22006+31502連の8連。3150系ク3152+3252のモ3252に乗車したことになります。正面途色が変更されているのに気付いたのは、撮影画像をPCへ取り込んでからでした。7DNo.5189・以下全て、平成282016〕年110日撮影。811撮影。
 
 
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 写真2枚目、8号車、豊橋駅停車中のモ3252車内。写真右手の椅子に腰掛けて運転室越しに撮影を試みたのですが、窓が小さく撮影し辛いこと。昔のパノラマカーは良かった。7DNo.51813812撮影。
 
 
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 写真3枚目、モ3252車中から撮影。小田渕−国府間と思います。パノラマスーパーとのすれ違い。列車種別も車号も分かりません。7DNo.51820821撮影。
 
 
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 写真4枚目、モ3252車中から撮影。東岡崎到着間近の頃、特急豊橋行パノラマスーパー・リニューアル車とすれ違いました。この塗色を眺めたのは、この時が初めてです。7DNo.51832836撮影。
 
 
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 写真5枚目、乙川橋梁を渡る特急豊橋行パノラマスーパー1013号。この車号で編成を調べた結果、1000系−1200系A編成で、豊橋側より1013+1063+1263+1213+1463+14136両編成。7DNo.5192731404撮影。
 
 
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 写真6枚目、5枚目写真の後追いカット。乙川橋梁を渡り、堤防道路踏切を通過すると左方向にカーブ。モ1413を撮影することで、初めて特急豊橋行であることが確認出来ます。7DNo.5192751404撮影。
 
 
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 写真7枚目、乙川橋梁を渡る快速特急豊橋行パノラマスーパー・リニューアル編成の1111号。この車号で編成を調べると、1000系−1200系B編成で、豊橋側より1111+1161+1361+1311+1561+15116両編成。“パノラマ Super”と表示されていた箇所は“快特 豊橋”と表示されるようになりましたので、列車種別が分かり易くなりました。7DNo.5193001416撮影。
 
 
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 写真8枚目、7枚目写真の後追いカット、岐阜側のモ1511。リニューアル編成の新途色を眺めると京浜急行の快速特急を思い起こします。“パノラマ Super”と表示されていた箇所は目張りされてしまった感じです。7DNo.5193021416撮影。
 
 
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 写真9枚目、撮影を終わりにして帰るつもりで踏切を横切った時、警報機が鳴り始めました。乙川橋梁を渡る特急豊橋行パノラマスーパー・リニューアル編成の1112号。こちらも1000系−1200系B編成で、豊橋側より1112+1162+1362+1312+1562+15126両編成。7DNo.5193351434撮影。
 
 
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 写真10枚目、東岡崎1547発、快特豊橋行パノラマスーパー5号車1566号に乗車。豊橋駅で下車した後撮影した6号車1516号。この車号の編成は、1000系−1200系B編成で、豊橋側よりク1116+1166+1366+1316+1566+15166両編成。豊橋を表示していた方向幕は、岐阜へと変更途中で豊明を表示しています。7DNo.5193861608撮影。
 名鉄パノラマカーに乗車して、岐阜へは何度も足を運んだものです。東・西・北へと延びていた岐阜の600V電車線は魅力多き路線でした。高富線と鏡島線は、既に廃線となっておりましたので鉄道趣味誌を眺めるのみ。新岐阜駅近くの車庫や単車を眺めたこともありません。
 
 名鉄を利用する場合、早朝に自宅を出発しても揖斐・谷汲・美濃へ到着するのは昼近くになってしまいます。遠い所と思ったものです。夏に出向けば猛暑でグロッキー。美濃町線奥地を撮影するため、冬、ワゴン車で出向いたこともあります。高速道路SAで車中泊。熟睡して目覚めた時、ワゴン車は雪に埋まっており、行動開始するまでに時間を費やしてしまったこともありました。何度も出向いて全線全区間の撮影を目指したのですが、目標は達成出来ないまま全線廃線と化してしまいました。
 
 岐阜はデート場所でもあり、プロポーズした場所でもあります。子供達+ばーちゃん2人を引き連れて岐阜観光索道・金華山ロープウェイに乗車したこともあります。岐阜は思い出多き街なのですが、600V電車線が全廃となってしまった今、岐阜を訪ねてみたいという気持ちは微塵もありません。
 
 
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 写真1枚目、元金沢市内線のモ552が公園前電停に到着。北陸鉄道金沢市内線で活躍した小ぶりなボギー車は、道路の狭い岐阜の街並みにフィットしていたと思います。白黒No.457910)・昭和461971〕年815日(1049)撮影。
 
 
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 写真2枚目、モ552に更に接近。電柱に掲げられた電停名は「公園前」。「こおえんまえ」と仮名が振られています。写真奥で軌道は左方向へカーブしますが、カーブした先も写真の道路と同じ一方通行であったと記憶しています。軌道敷設道路が一方通行であるのは稀なケースであったと思います。阪神北大阪線天六、西鉄北九州線小倉付近しか思い当たりません。白黒No.4571011)・昭和461971〕年815日(1049)撮影。
 
 
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 写真3枚目、公園前電停を発車して長良北町へ向かうモ552後追カット。緑とクリームに塗り分けられていた時代は、車掌さんが乗務しておりましたか。写真後方の山が金華山。麓は岐阜公園で、山頂の岐阜城が間近で眺められる場所であることは現在も変わらないハズです。撮影から44年が経過。白黒No.4571112)・昭和461971〕年815日(1049)撮影。
 岐阜市内の徹明町で元三重交通神都線車両を撮影したことがあります。2両連結のニコニコ電車っぽい車両でした。ハーフ判カメラにカラーポジフィルムを充填して撮影しましたので高校生の時です。
 
 名鉄美濃町線の終点美濃まで初めて乗車したのは、昭和441969〕年85日になると思います。随分昔の事ですから、当時の記憶もすっかり薄らいでしまいました。この日撮影した画像の一部を無作為に取り込み、レタッチ。マウントを付けた状態で取り込んだため、マウントを外して再トライと思ったまま時間だけが経過してしまいました。この日撮影した画像の一部は既にブログで紹介しています。纏まりはありませんが、一旦処理を済ませた別画像を少々紹介しておきます。
 
 岐阜駅前では800過ぎに撮影。徹明町での撮影が940頃。美濃駅での撮影は1100頃となっております。豊橋を630頃発車するパノラマカー新岐阜行特急先頭車両に乗車して新岐阜へ向ったものと思います。岐阜市内線を撮影しつつ徹明町まで歩く。そして、美濃町線電車に乗車して終点を目指すといった運びであったと思います。
 
 豊橋から美濃は遠い所でした。現在の豊橋鉄道市内線で“ビール電車”・“おでんしゃ”として活躍するモ3203を含む3両のモ3200形は元美濃町線で活躍したモ580形で、この日、モ580形も走行しておりました。新岐阜乗り入れ用複電圧車モ600形が誕生する以前の時代です。
 
 
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 写真1枚目、国鉄岐阜駅前で撮影したモ565。北陸鉄道金沢市内線用として6両製造されたモハ2200形なのですが、金沢市内線廃線を期に名古屋鉄道が譲り受けモ560形を襲名。岐阜市内線で活躍する姿です。北陸鉄道金沢市内線最後の新造車はモハ23002両。こちらは、豊橋鉄道が譲り受け。モ300形〔2代目〕として市内線で運用開始。その後、モ3300形に改番。岐阜市内線モ560形を、更に斬新にしたのが豊橋市内線モ300形でしたが、スタイルの基本は似ています。以下全て、昭和441969〕年85日撮影。No.10014825)撮影。
 
 
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 写真2枚目、美濃町線で活躍していたモ510形とモ520形は、改造工事が施され揖斐・谷汲線直通車両として転属。岐阜駅前を発車したのであろうモ526急行揖斐行。金宝町〜徹明町間にて。揖斐・谷汲線直通運転を開始して、それ程時間が経過していない時期であったと思います。No.10027923)撮影。
 
 
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 写真3枚目、徹明町に停車中のモ504新関行。ダブルルーフでトラス棒を備えた古参電車も活躍しておりました。乗降扉の横に立っているのは車掌さんでしょう。モ504の後方にチラリと見えるのはモ580形と思います。No.10034940)撮影。
 
 
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 写真4枚目、赤土坂に停車中のモ521徹明町行。揖斐・谷汲線用として改造されることのなかった車両で、この年の12月には廃車になっているようです。モ500形同様、トラス棒を備えた古参電車です。No.101281521)撮影。
 
 
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 画像5枚目、平成172005〕年331日〔火〕の中日新聞夕刊1面。岐阜の600V線が全廃になって既に9年が経過しますか。写真の真っ赤モ571も昔は美濃町線でも活躍しておりました。

名鉄挙母線

 名鉄挙母〔ころも〕線と表示すべきところを、ブログの返信コメントに名鉄拳母線と表記してしまいました。「名鉄拳母線」で画像検索すると東急玉電写真を載せた私のブログが表示されてしまいます。ウェブ検索してもウィキペディアは表示されません。ただ、別の方の廃線跡画像も紹介されますので、間違いには気付きませんでした。何気なくコメントを書き込んで、お粗末な結果となってしまいました。軌道修正するために、「名鉄挙母線」として改めて写真を紹介しようと思います。
 
 名鉄挙母線を走行する電車を撮影したのは、仕事に出掛ける父親の車に便乗した時のことです。それ故、撮影写真は数枚残るのみ。走行中の車の中から遠目で眺めた矢作川の鉄橋、「近くから撮影してみたい」と思った程度の記憶しか残っておりません。
 全く別な時、日本レイヨン専用線を撮影しています。こちらは印象強いです。東京で学生となり下宿生活が始まりましたが、4月、入学式直後の授業はヘルメットを被った学生に邪魔され授業にはならず。学校へ出向いても15名程の機動隊員が学校を固めている有様です。授業が始まったのは、11月でした。これ幸いと豊橋の実家から岡崎へアルバイトに通っておりました。授業は無いし、アルバイトで稼いだお金で日本各地を目指します。勉学に勤しむといった気持ちなど全く持ち合わせておりませんので、実家と下宿を拠点として、日本各地を飛び回る夢のような昭和441969〕年でした。
 アルバイトは、中学生時代の仲良し同級生が通っていた会社を知り、一緒に通うこととなりました。日本レイヨンと関わりのある小さな町工場〔今きれ工業所〕でした。板金屋さんが仕上げたダクト据付工事手伝いのため、門鑑所持して日本レイヨン構内へ入ることもありました。午後1時頃になると、名鉄の貨物列車が日本レイヨンへ到着し、貨車を連結し直して日本レイヨンを出て行きます。そこで社長さんにお願い。従業員さんが休憩している昼休みの間、音の出ない板金加工を済ませ、午後1時近くなると町工場を抜け出し専用線貨物列車の撮影に向かいます。3タイプの機関車を撮影しましたので、4度位は決起したものと思います。
 
 
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 画像1枚目、昭和341959〕年1030日発行、国土地理院15万地図の抜粋です。岡崎地図には名鉄岡崎市内線全線が表示されています。岡崎市内線は、昭和371962〕年617日廃止。確か小学校5年生の時であったと思います。社会見学のため小学校から名古屋へ向いました。国道1号線走行中の貸切バス車内から岡崎市内線レールを横切った瞬間が記憶として残っております。これが唯一の岡崎市内線の思い出で、電車を眺めることはありませんでした。岡崎市内線が味わいある路線であった事は、後に趣味誌で知ることになります。名鉄挙母線を撮影した頃、岡崎側の終点は大樹寺。岡崎市内線電車が国鉄岡崎駅〜名鉄東岡崎駅付近〜大樹寺駅を結んでいたのですが、廃線になってしまったため、挙母線大樹寺駅は離れ小島のような印象の駅でした。岡崎地図には日本レイヨンへの専用線が表記されていませんので、概略を赤色で追記しておきます。駅名の由来となる本来の大樹寺は徳川家菩提寺として有名です。
 
 
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 写真1枚目、名鉄挙母線三河岩脇〜細川間を走行するク2741+37412連特急岡崎〔大樹寺〕行。ハーフ判カメラで撮影。この当時、名鉄挙母線は、大樹寺〜上挙母間110kmの路線。短距離ながら特急も走っていたのです。ウィキペディアには『中心部の挙母(ころも)は、近代以前は三河国加茂郡に属し、江戸時代には挙母藩内藤氏2万石の城下町であった。1951年、挙母市(ころもし)として市制を敷いたが、195911日をもって豊田市に改名された。』とあります。名鉄挙母線、挙母(ころも)なる地名共々、昔の話になってしまった感は否めません。No.4255・昭和431968〕年59日(1041)撮影。
 
 
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 写真2枚目、偶然撮影出来た名鉄挙母線の貨物列車。岩津〜三河岩脇間にて。デキ306がタキ1両を牽引して大樹寺へ向います。この時は、まだ日本レイヨン専用線の存在は知らなかったものと思います。名鉄貨物列車を撮影したのは、挙母線の他に名鉄瀬戸線が思い当たる程度です。撮影当時は19歳になったばかりでしたか。No.601・昭和441969〕年26日(1047)撮影。
 
 
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 写真3枚目、構内での入換を終えて、日本レイヨンを出発し大樹寺へ向うデキ302牽引貨物列車。写真右手後方に見えるのが開業以前の国鉄岡多線高架軌道。建設途中の国鉄岡多線盛土区間から上って、日本レイヨンを出発する貨物列車を見下ろし撮影したのが、この専用線を撮影した最後であったと思います。2匹の蛇に遭遇して仰天したのもこの時です。日本レイヨン構内専用の入換用DLも存在しましたが、構内は撮影禁止のため記録は不可能でした。No.10310・昭和441969〕年812日(1344)撮影。
 
再び、ウィキペディアを参照。『国鉄岡多線は、昭和451970〕年にトヨタ自動車の自動車輸送を目的に、貨物線として岡崎〜北野桝塚間が開業。昭和461971〕年からは岡崎〜北岡崎間のユニチカ岡崎工場向けの原料輸送も行われている。昭和481973〕年34日、平行路線の名鉄挙母線全線廃止。一部が岡多線の用地に転用された。昭和511976〕年に新豊田駅まで路線が延長され、426日から旅客営業も開始』。その後、紆余曲折を経て、『昭和631988〕年130日、岡崎〜新豊田間はJR東海の岡多線として最後の日を迎え、翌131日、岡崎〜新豊田〜高蔵寺間が愛知環状鉄道として開業』。
 
国鉄岡多線で撮影したのはプッシュプルのお召列車のみ。幼かった息子を連れて、初めて愛知環状鉄道の撮影に出向きましたが、高架区間ばかりで撮影場所がありませんでした。
 名古屋鉄道瀬戸線は、確か2ヵ所で名古屋市電と平面交差していたハズです。別の白黒ネガを探している時、たまたま平面交差部の写真2枚を見付けましたので、スキャンすることにしました。
 名鉄瀬戸線は、あまり撮影に出向くことの無かった路線です。僅かながらも撮影に決起したのは、お濠電車区間が存在した時代のみで、この区間が廃止され、新たな地下鉄路線が開業してからは全く出向いておりません。
 今回掲載する写真は、廃線予定の名古屋市電沿線を歩いていた時に撮影したものです。撮影場所は深田とのみ記録。現在の名古屋市街地図を開いても、どの道路に市電が走っていたものかは判断出来なくなってしまいました。購入した「せとでん」写真集は、何処へ収めたものか?。周りの雑品を片付けて名古屋市電の写真集は引き出せました。これで何とか撮影場所が特定。
 
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 写真1枚目、名鉄瀬戸線ク2324+9042連特急大津町行。スカーレット色に白帯を締めた車両で、パノラマカー同様逆さ富士のヘッドマークを掲げ、室内は転換クロスシートであったと思います。白黒No.3451327)・昭和461971〕年39日(1543)撮影。
 
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 写真2枚目、名鉄瀬戸線モ907+23212連準急瀬戸行後追いカット。1枚目写真の編成と似たような車両ですが、こちらはモスグリーン塗色。全線20kmたらずの路線を特急・準急・普通が走行していた訳ですから、今になって思い返すと楽しい路線でした。写真左手が名古屋市電黒川終点方向〔北方向〕。写真右手が名古屋市電東片端〔ひがしかたは〕方向〔南方向〕になります。写真中央左手、クラウン横がプラットホームのようですから、ここが瀬戸線清水駅になると思います。名古屋市電の電停名は深田町。東片端方面行市電乗り場は写真左手。黒川方面行市電乗り場は写真右手に存在。瀬戸線のレールを横切る名古屋市電の写真は撮影してありませんでした。名古屋市電のレールは外され、瀬戸線の清水駅は高架になってしまったようです。白黒No.3451426)・昭和461971〕年39日(1545)撮影。

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