連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

名古屋鉄道

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名鉄電車で初詣

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 初詣には出向きません。若い頃はと言えば、豊川稲荷初詣のため臨時電車が仕立てられますので、元旦から名鉄豊川線や飯田線の撮影によく向かったものです。現在の仕事、かつての様に1年を通じて忙しいということも無くなりました。どちらかと言えば1年通して暇です。でも、正月とお盆だけは仕事が入ります。NHKの紅白歌合戦を眺めたら睡眠。年が明けたら、越年で作図作業を続けるケースが多いです。元旦は単なる通過点です。
 家庭を持ってから、初詣にも出向くようになりました。でも、願を掛けたことはありません。若い頃は初詣をしていなかった訳ですから、手の平を返したように願掛けすることは、かえって神・仏に失礼と思っています。「あえてお願いは致しません。境内に入った以上、入場料だけは支払います」と心の中で唱え、賽銭箱にコインを落として帰ります。
 ネガカラーの中に名鉄豊川稲荷駅ホームで撮影したカットが見付かりました。豊橋駅から名鉄電車に乗車して国府で下車。国府駅で乗り換えて豊川稲荷へ向った時の写真です。目的は豊川線全線の運転台越し風景のビデオ撮影であったと記憶しています。乗車したのは6000系。前面窓が小さかった上、混雑していて上手く撮影は出来ませんでした。その後、子供達と豊川稲荷まで歩いて、この年2度目の初詣? 帰りのルートが名鉄であったか、飯田線を使用したものかは覚えていません。

 写真1枚目、国府駅のパノラマDXと快速急行豊川稲荷行。小雪が舞っていました。NCNo.524−25・平成7〔1995〕年1月15日(13:00頃)撮影。

 写真2枚目、名鉄豊川稲荷駅ホームの8800系パノラマDX。側面ステップで2階運転台へ乗り込むパノラマカーとは異なり、パノラマDXの運転士さんは、ホームから「ゴメンナサイ」をしながら乗車したのですね。NCNo.524−28・平成7〔1995〕年1月15日撮影。

 写真3枚目、2枚目写真より、豊橋側に移動して撮影したパノラマDX。豊川へ電車で出向くことがありませんでしたので、名鉄豊川稲荷駅ホームで撮影した稀な写真です。後方は、橋上駅舎化される前のJR豊川駅舎。威容を誇ったこの駅舎、正面入口を撮影してないことに悔いが残ります。NCNo.524−31・平成7〔1995〕年1月15日撮影。

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 思い出が残る名鉄蒲郡線での古い写真です。高校は卒業したものの、浪人生活間もない頃、妹共々家族4人で三ヶ根山へ向っています。途中、ハーフ判カメラを使用して数カット撮影した写真の1枚です。警報機が鳴り始めたため、夢中で田圃の中を走って撮影場所を決め、シャッターをパチリ。撮影を終えて、ふと下を眺めた時、「えっー、こんな物があったの!!」
 天秤棒・柄の長い柄杓・太い麻縄を通した木の桶。作業に必要な3点セットでありました。人体から排出された老廃物を、柄杓ですくい上げ、木の桶に移す。ずっしりと重い木の桶を移動させるのに必要であったのが天秤棒です。子供の頃、お百姓さんが木の桶2つを天秤棒で担ぐ姿を良く見掛けました。老廃物を入れた多くの木桶は、馬車や牛車で畑等へ運ばれました。畑には、穴を掘って大きな素焼きの瓶が埋められていたものです。この中に汲み取ってきた老廃物を蓄えておき、農作物の肥やしとして使用する。世間一般的には、“こえだめ”と呼ばれていました。“肥貯め”と思って検索すると、Wikipediaで紹介されていません。国語のテストに出た記憶も有りません。久々に国語辞典を開くと、“肥溜め”でありました。これならば、Wikipediaで詳細が記述されています。太い麻縄を通した木の桶は、“肥桶〔こえおけ〕〔こえたご〕”と記されていますが、当地では“しょんぼけ”と言っておりました。
 お百姓さんのみならず、私にも経験があります。貧乏所帯の我が家では、ラバトリーから汲み取ったし尿を庭へぶちまけたものでした。“しょんぼけ”は1つしか有りませんので、天秤棒を使用して、母親と2人で担ぐことになります。背丈が異なりますので、私は腰を低くして担がなければなりませんでした。移動するために心掛ける事は、なみなみと汲まない事。2人の歩調を合わせて、極力桶を揺らさない事でした。周囲の住宅事情を考えて、食事の時間帯は避けました。
 以前発売されたレイル・マガジン誌のトワイライトゾーンであったと思います。「尾篭〔びろう〕な話で申し訳ありませんが…」といった始まりで“糞尿貨車〔確か西武鉄道〕”が紹介されたことがあります。Wikipediaを確認すると、西武の他に、東武鉄道、名古屋鉄道にも“糞尿貨車”が在籍したようです。
 昔日の名鉄蒲郡線撮影の際、もう2歩余分に走っていたら、間違いなく“肥溜め”に落ちていました。目の前の“肥溜め”を眺めて「あーっ、良かったー」と胸を撫で下ろし、三ヶ根山へ向っています。尾篭な話となってしまいましたが、今になると懐かしい思い出です。

 写真1枚目、昔日の特急色5202他4連特急蒲郡行後追いカット。三河鹿島〜形原間にて。No.42−28・昭和43〔1968〕年4月29日(13:37)撮影。

 写真2枚目、今年撮影した名鉄蒲郡線、蒲郡競艇場前〜三河鹿島間の写真。6010+6210の2連ワンマンカー蒲郡行。捨石川の堤防から撮影。桜の花が、少々開花していました。かつての観光路線といったイメージは、すっかり薄らいでしまいました。DNo.232−69・平成21〔2009〕年3月29日(15:27)撮影。

 写真3枚目、同じく、蒲郡競艇場前〜三河鹿島間、捨石川の橋梁を渡った6011+6211吉良吉田行。墓地の中程まで上っていますが、電線が少々目障りです。写真中央後方、高層マンションの辺りが蒲郡駅。DNo.232−76・平成21〔2009〕年3月29日(16:15)撮影。

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 犬山遊園−成田山−動物園の間を1.2kmで結んだ犬山モノレール。ほぼ全線に沿って1往復歩いてきました。犬山遊園から動物園に向う道路は上り坂が連続します。息をゼイゼイさせながら撮影場所を探しましたが、半分程の区間は切り通し内を走行していたようです。小山の中にモノレールの軌道を見付けることは出来ませんでした。結局、撮影場所は限定されていました。

 写真1枚目、動物園を発車したモノレールは、一旦道路を跨いだ後、日本モンキーパーク入口上を通過します。この辺りは園内を走行する区間で、入園料を支払って園内に入れば別のアングルも探すことが可能でした。時既に遅し。No.2271−25・平成20〔2008〕年12月8日(12:37)撮影。

 写真2枚目、成田山の楼門越しに撮影。楼門屋根上には、19羽の鳩が体を休めています。鳩の目線では、モノレールがどの様に眺められるものでしょうか? No.2272−12・平成20〔2008〕年12月8日(13:31)撮影。

 写真3枚目、成田山駅ホームにて。改めて眺めて見ると、車両前部はパノラマカーを彷彿するデザインの様な気がします。連結器を塞ぐ形でスノープローが装着されています。除雪シーンを眺めて見たかったです。JRラッセル車程の迫力は無いでしょうが。DNo.203−9・平成20〔2008〕年12月8日(14:08)撮影。

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 犬山モノレールの撮影に出向いたついでに、現在の犬山橋を少々撮影してきました。鉄道専用橋となってからは初めてです。橋梁そのものに変化は有りませんので、昔の道路併用橋の面影を残す橋梁であることは間違いありません。しかし、周辺の街並みは一変してしまいました。タバコを購入しようと思っても自販機無し。食事を出来る店も有りません。
 そこで、岐阜まで足を延ばすことにしました。乗車した電車は、犬山遊園15:46発名鉄岐阜行の普通電車5104号〔ステンレス車〕。車内から眺めた岐阜工場跡、ただの草原へと変貌していました。田神線のデッドセクションが設けられていた橋梁前後に僅かばかり残るレールが確認出来た程度です。所要時間32分で名鉄岐阜へ到着。昔の岐阜市内線の新岐阜駅前。レールも架線も綺麗に撤去されています。名鉄百貨店も消滅しました。
 何はさておき、食事をしてないため、以前、数回訪ねた回転すし店へ向かいます。飛騨牛が回っていた回転すし店も無くなっていました。すっかり日が落ちたとはいえ、夕方の5時前。中華料理店等は、準備中です。周辺をウロウロするばかり。やっと見付けた小料理屋さんへ入店。生ビール3杯等を注文して1時間程時間を潰しました。新しい街へと変貌しているのでしょうが、現在の岐阜駅周辺、私には何も魅力を感じない街となってしまいました。

 写真1枚目、2000系2011他4連回送が現在の犬山橋を渡ります。どこまでが運転台窓であるものかが分かりません。DNo.203−9・平成20〔2008〕年12月8日撮影(15:24)。

 写真2枚目、2連の回送電車後追いカット。以前、この橋で2連を撮影した記憶は有りません。DNo.203−59・平成20〔2008〕年12月8日撮影(15:37)。

 写真3枚目、かつての岐阜市内線新岐阜駅前の最近風景。交差点の名称板、「新岐阜駅前」と表示されていますが、「新岐阜駅前」当時の面影は薄らいでしまいました。写真奥が徹明町交差点。DNo.203−69・平成20〔2008〕年12月8日撮影(16:27)。

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 新年おめでとうございます。昨年は、暗いニュースが多く、私生活でもあまり良い事はありませんでした。新しい年に、新たな夢でも見付けたいと思っています。
 昨年、唯一の撮影目標としていたのが、名鉄犬山モノレールでした。ところが、春頃は喪中の気分に同じ。諸々の事情で撮影には出向けず仕舞いでした。結局、撮影に向ったのは、廃線が間近になった12月8日〔月〕のことです。
 昔、子供達と一緒に遊園地を訪ねた時、犬山のモノレールに乗車して運転台越しにビデオ撮影しました。外から眺めたモノレールの姿は、両端駅ホームで撮影したのみ。1度、外から撮影してみたいと思っての決起でした。もう少々、別アングルでも残したかったのですが、時既に遅し。冬の午後を僅かばかり撮影して見納めとなってしまいました。モノレールの撮影場所は、全て犬山遊園駅付近です。また1つの路線が過去帳入りしてしまい、寂しい限りです。

 写真1枚目、神宮前から乗り換えたのは、丁度、到着したパノラマスーパーの4連。空席がありますので、躊躇すること無く乗車してしまいました。豊橋方向を背にして展望車両に乗車するのは、随分久し振りです。本笠寺駅で追い越したパノラマカー。神宮前で撮影した後、再び岩倉駅で1121号車内から眺めることとなりました。12月27日の名鉄ダイヤ改正を機に、犬山モノレール廃線。パノラマカーは引退。乗車した特別車両のパノラマスーパー4連も廃車のようです。DNo.202−49・平成20〔2008〕年12月8日(10:35)撮影。

 写真2枚目、犬山遊園に停車中のモノレール2編成。モノレールどころか、2000系すら撮影していません。折り良く、名鉄看板車両とモノレールがまとめて撮影出来ました。「セントレア」は2011。スーパーは1131。DNo.203−47・平成20〔2008〕年12月8日(15:17)撮影。

 写真3枚目、お寺へ続く石段は、踏切手前から始まります。到着するモノレールと踏切を通過する名鉄電車をビデオカメラで通し撮影。モノレールに犬山線車両が被ることはありませんでした。DNo.203−41・平成20〔2008〕年12月8日(15:09)撮影。

 写真4枚目、犬山遊園に向かうモノレールが勾配を下って来ます。東京モノレール、廃線となった小田急モノレールに比較しますと、沿線風景は随分異なります。No.2271−16・平成20〔2008〕年12月8日(11:39)撮影。

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