連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

名古屋鉄道

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

 名古屋鉄道岐阜市内線の一部区間であった徹明町〜長良北町間3.9kmは、昭和63〔1988〕年5月31日限りで廃線となっています。古い街並みの中を進む区間。金華山を間近に長良川を渡る光景。北陸鉄道金沢市内線から譲り渡された小ぶりのボギー車、モ550形がマッチした味わいのある路線でした。道路端軌道が好きな私にとって、鵜飼屋〜長良北町間は格別です。長良北町以北には、かつて2軸単車が活躍した高富線5.1kmも存在しましたが、こちらは、趣味誌で知るのみです。緑とクリームの塗り分けであったモ550形、赤一色に塗り替えられた時、驚きを覚えたものです。

 写真1枚目、長良北町を発車したモ556。この場所で振り返った辺りで複線区間に変わります。No.325−12・昭和46〔1971〕年8月15日(8:41)撮影。

 写真2枚目、道路端の複線区間、自動車を従えて走行するモ553。鵜飼屋〜長良北町間にて。No.325−20・昭和46〔1971〕年8月15日(9:05)撮影。

イメージ 1

イメージ 2

 平成16〔2004〕年3月31日限りで廃線となった名鉄三河線末端区間。以前、廃線間近の“山線”2カットを添付しましたが、今回は“海線”2カットをお見せします。3月に入ると、週末には“山線”・“海線”と交互に出向いたものです。以来、4年が経過し、最近ではすっかり出不精になってしまいました。“海線”撮影からの帰り道、“一色さかな広場”に立ち寄り、酒の肴を物色するのも楽しみでしたが、碧南〜吉良吉田間が廃線となってしまった今、わざわざ“一色さかな広場”へ出向くこともありません。

 写真1枚目、キハ31の横撮り。ディーゼルカーながら、中々のスピードで駆け抜けました。寺津〜西一色間にて。No.2007−23・平成16〔2004〕年2月1日(12:52)撮影。

 写真2枚目、三河一色を発車して吉良吉田へ向うキハ30形。サボには、「ご愛顧ありがとうこざいました」と表記されています。三河一色〜松木島間。No.2017−26・平成16〔2004〕年3月21日(12:03)撮影。

岐阜駅前のモ570形

イメージ 1

イメージ 2

 平成17〔2005〕年3月、岐阜周辺に張り巡らされていた名鉄600V路線は全廃となってしまいました。保存に向けた対策が検討される中、岐阜市内線の岐阜駅前〜新岐阜駅前間は、いち早く運転休止となってしまいました。
 岐阜駅前で撮影したモ570形の2カットです。

 写真1枚目、国鉄岐阜駅前のモ573急行。急行と言っても、揖斐線へ直通する訳ではありりません。岐阜駅前〜忠節間、市内線区間内のみを往復する急行です。後方に続くのは、元金沢市内線からの転属車、モ553。No.100−18・昭和44〔1969〕年8月5日(8:38)撮影。

 写真2枚目、見納めとなった、JR岐阜駅前のモ571。古い岐阜市内線車両まで真っ赤に塗装された際には、驚いたものです。1枚目写真の塗装で、美濃町線でも活躍する時代もありましたが、非冷房車のため、晩年は影の薄い存在でした。都電スタイルが消滅しました。No.1790−4・平成12〔2000〕年2月22日(10:15)撮影。

名古屋鉄道豊川線

イメージ 1

イメージ 2

 豊川の日本車輌から輸出向け車両の出場情報が、趣味誌に掲載されていました。普段は寝ている時間の午前9時頃、必死で起きてスクーターで豊川へ向いました。雨が降らなければ、甲種輸送を追い掛けるのに軽バイクは便利です。5ヶ所で撮影することを考えていました。
 日本車輌専用線の佐奈川橋梁へ到着。マニアらしき人物を2人見掛けましたが、早々に立ち去ってしまいました。通過予定時間を過ぎても輸出車両の出場は有りませんでした。「折角、撮影モードに切り替えて飛び出して来たものの、空振り」
 久々に名鉄豊川線の豊川稲荷駅を撮影して自宅へ戻ることにしました。入線した2本目の電車は、廃車予定の編成。諏訪町〜稲荷口間へ場所移動して、戻って行く編成を撮影。この編成が撮影出来たことで徒労にはなりませんでした。フィルムカメラ標準レンズで前後を撮影。去って行く後ろ姿はデジカメで撮影。

 写真1枚目、名鉄豊川線の諏訪町〜稲荷口間を走行する5411+5311+○+○+○+7036の6連、快速急行岐阜行。No.2167−22・平成18〔2006〕年11月16日(11:59)撮影。

 写真2枚目、1枚目写真の後追いカット。No.2167−23・

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 名鉄美濃町線の撮影に出向く時、新岐阜駅から目的地まで電車に乗車します。何度も乗車したものの、撮影していない区間が各務原線の新岐阜〜田神間でした。「1度くらい撮影を」と思い立ち決起したのは、平成12〔2000〕年2月22日のことです。各務原線を走行する鉄道線車両と軌道線用電車のすれ違いを期待しましたが、運用上の都合なのか? 目的達成は叶いませんでした。周辺が建て込んでいますので、撮影し辛い区間ではありました。
 新岐阜工場への連絡線を延伸して、各務原線の田神駅まで新線区間を建設。美濃町線電車が新岐阜駅へ乗り入れを開始したのは、昭和45〔1970〕年6月25日。600Vの美濃町線と、1500Vの各務原線を走行可能な複電圧車モ600形の誕生により、新岐阜駅への乗り入れが可能となりました。路面電車が廃線の方向へ向う中、新線開業とモ600形の誕生は、当時としては画期的な出来事でした。「デッドセクションで電車が止まってしまったらどうする?」などと思いつつ乗車したのも懐かしい思い出です。
 平成17年〔2005〕3月31日限りで、美濃町線を含む岐阜の600V路線は全廃。馬面モ600形の活躍は35年間という事になります。
 路面電車、美濃町線延伸開業の歴史を更新したのが、豊橋鉄道市内線井原〜運動公園前間の延伸開業でした。更に駅前ペデストリアンデッキ下まで延長。ここから、少々レールを延ばして渥美線に接続すれば、モ801が渥美線走行も可能。そうなれば、モ600形も一緒に豊橋へ来て欲しかったなどと、勝手な夢物語を空想しています。

 写真1枚目、名鉄各務原線〔1500V線〕の終点、新岐阜に向う普通電車〔3622他4連〕。No.1788−10・以下、全て平成12〔2000〕年2月22日昼前の撮影。

 写真2枚目、各務原線を新岐阜へ向う美濃町線用、モ880形複電圧連接車。No.1788−7・

 写真3枚目、各務原線を新岐阜へ向う美濃町線用、モ602複電圧車。No.1790−12・

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
hideki_kobyakawa
hideki_kobyakawa
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

友だち(18)
  • 茶美王
  • Mr.Gray
  • いんぱるす209号
  • すぎうら あきのり
  • mymy
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事