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学校を卒業するためには、設計製図を仕上げなければなりません。製図は中学校の技術家庭科で少々かじった程度です。天井クレーンの製図など、どの様に作図すれば良いものか皆目分かりませんでした。そこで考えたのは、アルバイトで作図を経験する事です。結果、後々お世話になる設計事務所へ勝手に押し掛けています。この事務所と取り引きしていたのが、現在の客先。打ち合わせに出向き、1日だけ場所を借りて作図作業を終わりにするつもりでいましたが、以降、2年間客先へ通うことになってしまいました。その間には、客先親会社まで出向させられました。昼間は客先へ出向いて作図作業。夜、アパートの自室へ戻ると卒業設計の作図作業。学校卒業前には、プロの図面屋として認められました。気付けば図面屋稼業となってしまった東京での生活も、その後20年が経過しております。
転機は父親突然の他界でした。客先へ出向いて打ち合わせ。担当者の意向に沿うように間借り部屋で作図作業を繰り返す毎日でしたので、「間借り部屋での作業が、豊橋の実家で可能なのでは…?」と考えるようになりました。半信半疑ながらも、「1年位、豊橋で東京の仕事が継続可能であれば、その間に後の事は故郷で考える」と勝手な夢物語を描いておりました。そんな時、間借り部屋の大家さんから、「家を建て直すから、次の賃貸借契約は無しにして下さい」と言われます。これで実家へ戻ることを決断。その旨を客先へ話しに出向きました。
事務所社長さん等に手伝って頂き、東京から豊橋への引っ越しが完了したのは、平成5〔1993〕年3月27日〔土〕のことです。持ち帰った荷物で居場所も無いような状態でした。3月を選択したのは、幼稚園児であった長男を卒園させ、小学校入学を当地で行なうためでした。部屋の荷物も片付かないまま、5月の大型連休も終了。連休明には東京から作図依頼が入りました。想像だにしなかった9月まで休み無し。「故郷で新たな仕事を探さなければ…」などと考えている余裕は有りませんでした。そんなこんなで、当地での生活も17年が経過してしまいました。
「廃止になる都電、福島交通軌道線、花巻電鉄を撮影するために東京に生活拠点が欲しい」 私が東京を目指した単純な理由です。フィルム代を稼ぐためにアルバイトをする。アルバイトの延長で仕事がくっ付いてきたような感じです。追い求めたローカル私鉄の多くは廃線と化してしまいました。37年間お世話になった客先会社部署も、ローカル私鉄同様の印象を持っていました。「何時消えてもおかしくない。ならば、最後まで見届けましょう」 その弱小組織が、ついに消滅することになりました。9月15日、東京へ出向き、今日の状態に至った経緯を聞いてまいりました。親会社の一部組織として存続するようですが、この先は全く不透明です。
写真1枚目、新幹線品川ホームに下車。跨線橋〔北乗換通路〕から目にしたのが、この編成でした。“成田エクスプレス”E259系特急形直流電車。テールランプを灯しているのは、クロE259−6。今年10月から運用開始とありますから、乗務員習熟訓練中と思います。編成が停車中のプラットホームは思い出多きホームです。仕事打ち合わせのため、品川駅港南口へ出向く際には、何度も歩いたホームです。通常の運転では使用されないため、たまに珍しい車両が留置されていたものです。停車中の修学旅行専用電車の女学生から、「格好イイお兄さーん」と声を掛けられ、手を振り返したこともありました。「格好イイお兄さーん」と呼ばれたのは、生涯でこの時だけです。長い地下通路に代わって、跨線橋隣に新たな東西連絡通路〔自由通路〕が完成したため、現在ではホームへの立ち入りが禁止されているようです。DNo.304−11・平成21〔2009〕年9月15日(14:24)撮影。
写真2枚目、JR大船駅を発車して、鎌倉車両センターへ回送される“成田エクスプレス”253系特急形直流電車。“成田エクスプレス”は、平成3〔1991〕年に運用開始。東京生活晩年の頃、京浜東北線新子安駅ホームから撮影した253系“成田エクスプレス”は3両編成でした。歳月の流れを実感しました。DNo.305−19・平成21〔2009〕年9月16日(10:21)撮影。
写真3枚目、草伸び放題のレールを下り、JR大船駅へ到着する横須賀−総武線のE217系Y−19編成。東京在住の頃、東海道本線や横須賀線を走行していたのは、主に113系ばかり。後に横須賀線で眺め、「何なの? ネズミ男〔ゲゲゲの鬼太郎の〕の様な顔した電車は?」と思ったのが、E217系でした。DNo.305−29・平成21〔2009〕年9月16日(10:35)撮影。
写真4枚目、3枚目写真に同じ。「横須賀線開業120周年 大船〜横須賀 1889.6.16 JR東日本」と表記されたヘッドマークが取り付けられています。DNo.305−31・平成21〔2009〕年9月16日(10:35)撮影。
写真5枚目、JR東海道本線藤沢駅ホームの80系キオスク。東京での生活を始めた頃、数は減ったものの80系普通電車が東京駅を発着しておりました。青春時代の記憶が蘇る懐かしい形式です。DNo.306−2−126・平成21〔2009〕年9月16日(14:25)撮影。
平成21年9月28日追記:小田原駅新幹線ホームで購入した缶ビールのレシートには、kiosk 東海キヨスク株式会社と表記されています。写真の80系には、KIOSKと表記されています。JR東日本の駅では、2007年7月からKIOSKの読み方をキヨスクからキオスクに変更とあります。
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