連写2眼×2.5・ローカル私鉄を訪ねた日々

ビデオウォークマン入手。DVテープ(11/200)巻をダビング。白黒フィルムの現像もしなければ…。頭痛い。

少々、国鉄〔JR〕

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全12ページ

[10] [11] [12]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

 「孫とほっトラム号」、赤岩口発車を見送った後、途中で昼食を済ませて再び豊橋駅へ向いました。渥美線を撮影するため、新たに開通したデッキ上に立つことにしました。ここから豊橋駅構内を眺めますと、留置されている117系の後方に見慣れない車両が確認出来ます。東西連絡通路へ移動して、この車両を見下ろしたところ、新幹線ホームに停車中のレール運搬車でした。入場券を購入して、しばらくは新幹線ホームのレール運搬車を眺めてまいりました。
 デビュー当時の0系新幹線12両編成に匹敵する程の全長で、ディーゼル機関車2両によるプッシュプル運転のようです。長年購入している鉄道趣味誌でも眺めたことの無い車両でした。先頭を務める機関車は、外国機関車のような印象で、「この様な車両が新幹線で活躍していたとは…!!」 感動した一時でした。夜中に新幹線豊橋駅11番ホームに到着して、終電後に去ったものと思われます。新幹線豊橋駅構内、通常使用される4線の他に、もう1本の退避線が存在しますので、運用上の都合から11番ホームに留置されたものと考えます。
 自宅へ戻ってインターネットを検索しましたところ、日本機械保線株式会社さんのHPで、概要が紹介されています。日本機械保線、浜松レールセンター、会社の存在を初めて知る結果となりました。

 写真1枚目、東京寄りの機関車LRA−9102と、下り700系「こだま」発車。機関車の前には、「短絡器付車止」と表記された白塗り角材がレールに固定されています。DNo.236−20・平成21〔2009〕年4月11日(13:16)撮影。

 写真2枚目、流線形新幹線とは対照的で、武骨な感じのLRA−9102。夜間作業の必要からなのでしょう、多くの前照灯が備えられています。写真右手は、在来線豊橋駅構内に留置された117系。DNo.236−24・平成21〔2009〕年4月11日(13:18)撮影。

 写真3枚目、大阪寄りの機関車LRA−9101運転台。浜松レールセンターの他、銘板には、日本車輌・東芝・1994製造の文字が確認出来ます。DNo.236−37・平成21〔2009〕年4月11日(13:33)撮影。

 写真4枚目、大阪側LRA−9101の次位中間車。DNo.236−42・平成21〔2009〕年4月11日(13:38)撮影。

 写真5枚目、新幹線ホームの911号DL。東海道新幹線が開業して、そろそろ3年目を迎える時代です。「この場所から撮影可能であった?」 全線高架で開業する新幹線にあって、米原と豊橋は地表駅でしたので、「豊橋は田舎都市」と思ったものです。写真中央奥に写っているのは、朝夕1往復の通勤列車としてC58型蒸機に牽引された国鉄二俣線〔現:天竜浜名湖鉄道〕用の客車4両。高校生の頃、ハーフ判カメラで撮影した写真です。新幹線11番ホームに停車中の車両を撮影したのは、この時以来と思います。No.21−1・昭和42〔1967〕年7月15日(12:15)撮影。

東海道本線、三河三谷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 先日、名鉄蒲郡線を少々撮影するつもりで蒲郡まで出向きました。豊橋駅にて蒲郡までの乗車券を購入するのですが、「何年ぶり?」 全く思い出せません。
 豊橋から名古屋・岐阜方面へ向う時には、名鉄電車を利用します。昔であればパノラマカーの最前席を確保。昨今であれば、岐阜寄り先頭車、運転室横の座席を確保し、すれ違う車両を眺めています。東海道本線を使用して東海道本線の撮影に出向くということは有りませんので、豊橋から名古屋へ向って東海道本線に乗車するのは、皆無に等しいです。
 僅かの差でJRの「新快速」が発車してしまったため、豊橋から乗車したのは、次の「快速」11:07発大垣行313系でした。運転台後部に立って前方を眺めての乗車です。次の停車駅が三河三谷でしたので、急遽、途中下車することにしました。三河三谷プラットホームに立つのは、飯田線・岡多線をお召列車が走って以来です。30分程、ホームに立って、やって来る車両を撮影しておりました。

 写真1枚目、乗車したクハ312−5004運転台越しに撮影した117系上り回送電車。三河大塚〜愛知御津間にて。DNo.231−8・平成21〔2009〕年3月29日(11:14)撮影。

 写真2枚目、三河三谷に到着するクモハ313−316他2+4の6連「快速」豊橋行。313系を多く見掛けるようになりました。DNo.231−19・平成21〔2009〕年3月29日(11:39)撮影。

 写真3枚目、今度やって来る電車に乗車して蒲郡へ移動するつもりでいた時、通過したのは、EF66 44牽引甲種輸送列車でした。東武鉄道50050系10両を東京へ運びます。下調べしていなかったので、得した気分です。DNo.231−27・平成21〔2009〕年3月29日(11:45)撮影。

 写真4枚目、三河三谷から蒲郡までの1区間を乗車したのは、117系8連の「普通」岐阜行。先頭車両クハ116−29の車内。「この様な室内だった!?」 外から眺めることは有っても、久しく乗車していませんので、新鮮な印象を受けました。DNo.231−39・平成21〔2009〕年3月29日(11:56)撮影。

開く トラックバック(1)

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 仕事にストップを掛けられてしまったため、「明日も白黒フィルムの現像」と考えていた夜遅く、知人からの電話がありました。「明日、キヤ97が日本車輌を出場する」という内容です。
 容易に走行シーンが撮影出来るような車両ではありませんので、出向くつもりで気持ちを入れ替え。酒の力を借りて、少々早目に寝るつもりであったのですが、気分は遠足前夜の小学生に同じです。当日の天気予報は大雨。スクーターにするか? 車を使うか? どの様に移動すべきか? 結局、眠りに着いたのは午前7時半。1時間半程眠ったのみで、車で飛び出す結果となりました。
 定尺レール運搬用車両〔R1〜R4編成〕と同じイメージの11両編成と思っていたところ、やって来た車両は武骨な表情を持つディーゼルカーでした。R101編成と呼ばれ、ロングレール運搬用の13両編成です。今年3月に完成し美濃太田車両区に配備。試運転を繰り返して7月から運用が開始されるようです。今回、日本車輌に入出場したのは本格使用前の再調整といったところでしょうか? 中間の2両を外した11両編成でした。

 写真1枚目、日本車輌を出場して佐奈川を渡るキヤ97−201。ロングレールを送り出すためなのでしょう。運転台下は空間になっています。DNo.161−3・平成20〔2008〕年6月22日(10:30)撮影。

 写真2枚目、飯田線豊川駅北方で待機するR101編成。運転士さんは、正面貫通扉を開いて乗車? どの様に上る? 写真手前から奥に向って、キヤ97−201+キヤ96−2+キヤ96−3+キサヤ96−2+キサヤ96−3+キサヤ96−4+キヤ96−4+キヤ96−5+キヤ96−6+キサヤ96−5+キヤ97−202。DNo.161−20・平成20〔2008〕年6月22日(10:51)撮影。

 写真3枚目、豊川橋梁を豊橋へ向うR101編成。レール積載が無ければ、110km/h走行が可能とありますので、昔のディーゼルカーと異なり、出足・走りは軽やかでした。雨降り続く中、別の男性1人が業務用ビデオカメラで撮影していました。撮影した映像を見たいものです。DNo.161−36・平成20〔2008〕年6月22日(11:31)撮影。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 知人からメールが届きました。“ドクターイエロー”下り「こだま」検測が実施されるというものです。これならば、フィルムカメラでの撮影可能と考え、新幹線豊橋駅上りホームに立つことにしました。目標は、全ての中間車です。2度撮影したのみの“ドクターイエロー”。走行シーンは、カメラファインダーを覗いて眺めたのみです。瞬時に通過してしまうため、中間車両をマジマジ眺めることなど不可能です。
 少々早目に上りホーム浜松側で待機。700系「こだま」を初めて撮影することにもなりました。DY到着間近になると、上り300系「こだま」が到着。豊橋駅へ進入する“ドクターイエロー”は、停車中「こだま」前頭部越しの撮影となってしまいました。既に発車したものと思っていた“ドクターイエロー”。上り「こだま」発車後も下りホーム名古屋寄りに停車しています。上りホーム中程まで移動して、編成を後部からも撮影。停車中の珍しい黄色い新幹線、携帯電話で撮影する若い女性の姿も見受けました。

 写真1枚目、新幹線豊橋駅下りホームに停車中の“ドクターイエロー”7両編成。最後部7号車は、923−3007。DNo.158−16・平成20〔2008〕年6月11日(12:34)撮影。

 写真2枚目、“ドクターイエロー”中間4号車。車番は、923−3004。「この様な台車を履いていた!!」 DNo.158−22・平成20〔2008〕年6月11日(12:37)撮影。

 写真3枚目、“ドクターイエロー”発車直後の新幹線下りホーム。名古屋寄りホーム端は、親子連れ幼稚園児の見学会? DY、豊橋駅へ進入したのは、12:30。発車したのは、12:38。この間、8分程停車していたことになります。撮影に来ていた知人の話では、いつもより長く停車していたそうです。押し掛けたお子様達へのサービスだったのかも? DNo.158−24・平成20〔2008〕年6月11日(12:39)撮影。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

 大井川鐵道・静岡鉄道を撮影しながら、函南まで軽乗用車の回送。日没後、叔母さんへ軽乗用車と車のキーを手渡した後は、同行したお袋共々、晩御飯をご馳走になりました。更にその後、叔母さん2人+従兄弟+私の4人で近くのスナックまで出向いています。叔母さん宅へ戻って炬燵で寝たのは、午前3時過ぎであったようです。
 ところが、午前6時頃には目が覚めてしまいました。もう少々寝たい気分ではありましたが、眠れそうもありませんので、皆が眠っている中、静かに叔母さん宅を抜け出して、函南駅の撮影に向いました。半ば酔っ払った状態です。
 初めて眺める函南駅前。存在するのは、駅舎とバス・タクシーが発着する駅前広場のみです。東海道本線の駅前とは思えないような所で、店も無ければ住宅も有りません。入場券を購入して構内へ入りますと、島式プラットホーム三島側末端には、三脚を立てて列車を狙うマニアの姿が4人。30分後に通過するブルトレを狙っているようです。しばらくして、更に1人が到着。これでホーム末端は定員一杯です。
 マニアの皆さん達とは少々離れた場所で、しばらくは函南駅に到着する電車の前後や、駅構内の構造物などを撮影していました。ブルトレ通過時のみ、右端マニアさんの横で腰を落としてフェンス越しに撮影。他の皆さんは、白レンズ等、焦点距離の長いレンズを装着しています。「おそらく、あのような写真を狙っているのだろうな」と感じましたので、あえて標準レンズで撮影することにしました。寝台特急“富士・はやぶさ”が通過すると、他の全員は店仕舞い。早々に立ち去っています。その後はホーム反対側へ移動し保線車両などを撮影。通過する新幹線を眺め、「新幹線を撮影出来る場所でも探してみようか」などと思ったものです。

 写真1枚目、函南駅舎。東西方向から駅前に続く道路から撮影。撮影場所の背中側は崖になっています。No.2226−19・平成20〔2008〕年3月2日(9:00頃)撮影。

 写真2枚目、函南駅を通過するEF66 45牽引、寝台特急“富士・はやぶさ”。伊豆箱根鉄道駿豆線大場方向まで画面に入れて撮影したかったのですが、この様な結果となってしまいました。No.2226−5・平成20〔2008〕年3月2日(8:27)撮影。

 写真3枚目、JR東海の短い編成が発着を繰り返す函南駅で、長いJR東日本のE231系を撮影出来た事は幸いでした。趣味誌が増えて、最近は時刻表も購入していません。この編成は沼津行? 東海道線と表示されるより、行先を表示してもらいたいものです。No.2226−6・平成20〔2008〕年3月2日(8:32)撮影。

全12ページ

[10] [11] [12]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
hideki_kobyakawa
hideki_kobyakawa
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

友だち(18)
  • ジャンボフェニックス
  • bel*646**4
  • mymy
  • しら
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事